2年間止まらなかった「しゃっくり」の意外な原因

最初に医師たちが行ったのは、筋弛緩剤やプロトンポンプ阻害薬による“しゃっくり治療の定番”でした。
部分的に症状が和らいだものの、またすぐに再発してしまいます。
そこで「これは普通のしゃっくりとは違う」と考え、原因をしっかり特定するために追加の検査が行われました。
胸部・腹部のCT検査や便の検査でも異常はなく、寄生虫感染も否定されました。
すると血液検査で、好酸球の値が通常より大幅に増えていることがわかりました。
まるで、「ここに何かある」と赤ランプが灯ったかのようです。
さらに医師たちは、内視鏡で食道を直接のぞき込みました。
しかし、見た目はほぼ正常でした。
そこであきらめず、“一見きれいに見える部分”からも少量ずつ組織を採取し、顕微鏡で詳細に調べることにしました。
たとえるなら、ぱっと見は青く澄んだ海でも、その海底をダイビングしてくまなく調査するイメージです。
すると、深く潜った“海底”に好酸球が密集しているエリアが見つかり、1視野あたり15個ほどの好酸球浸潤が確認されました。
これは好酸球性食道炎と診断するうえで十分な所見です。
そこで治療方針を切り替え、食道の炎症を鎮めるために局所ステロイド薬(ブデソニド)を処方すると、1週間ほどで2年間止まらなかったしゃっくりが完全に消失しました。
血液中の好酸球レベルも正常に近づきました。
この劇的な改善は「しゃっくりの“影の犯人”は好酸球性食道炎だった」という事実を強く示す結果といえます。
なお、治療後に改めて内視鏡検査を行う選択肢もありましたが、患者本人が「もう症状はないので大丈夫」と希望したため、最終的には実施されませんでした。
なぜこの研究が革新的なのか?
まず、高齢の男性で好酸球性食道炎が発症していたという点が、従来のイメージを大きく覆しました。
好酸球性食道炎は若い男性に多く、内視鏡で目立つキズや嚥下障害があるのが典型的と考えられていたからです。
ところが今回の症例では、“しゃっくりだけ”が唯一のサインでした。
さらに、内視鏡像に異常がなくても生検をすれば好酸球の集積をはっきり確認できることがわかり、「異常がなさそう」に見えても徹底的に調べる必要があると示唆した点は大きな進歩です。
また、“しゃっくり”という一見ささいな症状が、実は深刻な免疫疾患のサインになる場合がある点も注目されます。
好酸球性食道炎とよく似た病態としては胃食道逆流症がありますが、プロトンポンプ阻害薬だけでは十分改善せず、ステロイドで劇的に良くなる点が診断の決め手になりました。
こうした事例からもわかるように、好酸球性食道炎の病態は想像以上に幅広く、今後は「慢性しゃっくり」も疑う理由になるかもしれません。
さらに、高齢者が好酸球性食道炎を発症した背景には、遺伝的素因から食生活や加齢による免疫変化など、まだ十分には解明されていない要因が複雑に絡んでいると考えられます。
しゃっくりそのものは多くの場合軽症で済みますが、長期化すれば多彩な原因が考えられ、今回のように好酸球性食道炎が隠れている可能性もあるのです。
今後さらに大規模な調査や追跡研究が進むことで、高齢者を含むさまざまな患者層での隠れた好酸球性食道炎を見落とさず、早期に適切な治療へとつなげる道が開かれるかもしれません。