画像
Credit:Canva
biology

ストーカー遺伝子は存在するのか?

2025.05.06 18:00:38 Tuesday

「もしかして私にはストーカー気質の遺伝子でもあるではないか?」――誰かに恋をして頭から離れなくなった経験を持つ人なら、一度はそんな冗談めいた疑問を抱いたことがあるかもしれません。

実は近年、恋愛における執着心や粘着質な行動に遺伝子が関与している可能性が、科学的にも真剣に議論され始めています。

これは決して「愛はすべて脳内物質のせい」と片付ける味気ない話ではなく、むしろ人間の情熱的な一面を生み出す生物学的背景を探るロマンのある試みなのです。

きっかけの一つは、恋する脳と強迫性障害(OCD)の脳の奇妙な共通点でした。

イタリアの研究者たちが行った有名な研究では、恋愛中の人の血中セロトニン輸送体の量を調べたところ、強迫性障害患者と同程度に低下していることがわかったのです。

恋に落ちたばかりの人は嬉しくてハイになっているように見えますが、その脳内ではOCD患者と同じようなセロトニン系の変化が起きている――つまり「恋は一種の軽い強迫症状」と言えるかもしれません。

この発見には研究者自身も驚きましたが、同時に「では遺伝子的な違いによって、恋愛時の執着の強さに個人差があるのでは?」という新たな疑問が生まれました。

実際、セロトニンやドーパミンといった神経伝達物質を調節する遺伝子には多様なバリエーションがあり、これが人それぞれの性格傾向を形作っています。

たとえばセロトニントランスポーター遺伝子(SERT)の多型は、不安気質やOCD傾向との関連が指摘されています。

また、恋愛から得られる快感の強さや「追いかけたい」というモチベーションにも遺伝子要因が関わることが報告されています。

こうした知見が積み重なる中で、「ひょっとすると恋愛に異常な執着を見せる人には、特定の遺伝的特徴があるのではないか?」という仮説が現実味を帯びてきたのです。

そこで今回はこれまでの研究結果をもとにストーカー行為やストーカーに関連した重大な事件に結びつくような「ストーカー遺伝子」とも呼ぶべき因子が存在するかを検証します。

結果、意外な事実が浮かび上がってきました。

1:ストーカーと遺伝子

1:ストーカーと遺伝子
1:ストーカーと遺伝子 / Credit:Canva

恋は素晴らしいものです。

脳内にドーパミンがあふれ、「この世で一番幸せ!」と舞い上がるあの感じ――Queenが歌った「Crazy Little Thing Called Love」(愛という名の狂気)、まさにその通りでしょう。

実際、恋の初期段階では相手の写真を見るだけで脳の報酬系が活性化し、快感ホルモンのドーパミンがどっと放出されます。

胸が高鳴り食事も喉を通らなくなるほど夢中になるこの現象に、古代ギリシャ人は「恋は一種の狂気である」と表現しました。

恋愛の魔法は私たちを陶酔させ、生きる活力を与えてくれます。

しかし、その魔法が強すぎるとき、人は執着の闇に足を踏み入れてしまうことがあります。

片想いや失恋の痛みから立ち直れず、相手のSNSを何時間もチェックしたり、行動を逐一知りたくなったり…そんな経験はありませんか?

心理学的には、行き過ぎた恋の執着は「偏執的恋愛」と呼ばれ、病的なケースでは「恋愛依存症」や「ストーカー行為」として問題視されます。

例えば「執着性恋愛障害(OLD:Obsessive Love Disorder)」という提唱概念では、特定の相手を「自分だけのものにしたい、守りたい」という抑えがたい欲求に取り憑かれ、拒絶されても諦められなくなる状態が説明されています。

こうした状態では「一瞬でも離れていられない」「相手のすべてを把握していないと不安」といった強烈な症状が現れ、場合によっては暴力沙汰に及ぶ危険すらはらんでいます。

ロマンチックな愛情と病的な執着の境界線は紙一重です。

多くの場合、恋する人は多少なりとも相手に執着しますが、それ自体は悪いことではありません。

問題はその執着がコントロール不能となり、相手の意思や安全を無視し始めるときです。

現実にはストーカー犯罪も後を絶ちません。

日本では2020年にストーカー相談が2万件以上も寄せられており、女性の約10人に1人が一生のうちにストーカー被害を経験するとされています。

愛の名の下に暴走する執着は、当人にとっても社会にとっても大きな不幸です。

では、なぜ一部の人はここまで極端な執着に陥ってしまうのか?

この問いに対する答えとして浮かび上がってきたのが、冒頭で触れた「ストーカー遺伝子」の可能性です。

まず最初に紹介するのは、愛のホルモン「オキシトシン」にかかわる遺伝子です。

なぜ愛のホルモンがストーカーに関連するのでしょうか?

次ページ2:愛のホルモンはストーカー遺伝子になりえる

<

1

2

3

4

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

スマホ用品

生物学のニュースbiology news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!