「鍵」は分子の中に──分子の鎖がPCロックを開けた瞬間

研究チームはまず、情報を分子の状態に変更(エンコード)するための「化学アルファベット」を作り上げました。
彼らは4種類のフェロセン誘導体モノマー(分子の構成要素)を基本の“文字”とし、それぞれが異なる電気化学的シグナルを示すように設計しています。
つまり「1 文字=4種類の分子の 連結パターン(1文字あたりに4分子を使用して表現した)」としたわけです。
具体的にはDNAの4文字(A・T・G・C)の代りとしてフェロセン誘導体を側鎖にもつリジン由来モノマー(M1〜M4) が使われました。
M1:トリアゾール基で修飾したフェロセン
M2:アミド基付きフェロセン
M3:ブロモ基とアミド基を持つフェロセン
M4:シアノ基とアミド基を持つフェロセン
この4種類を組み合わせることで256通りのユニークなコード(文字)を表現でき、標準的なキーボード入力の全て(ASCIIの拡張文字セットを含む幅広い記号)に対応可能となりました。
次に、研究チームはこの化学アルファベットを使い「Dh&@dR%P0W¢」という11文字のパスワードを分子に書き込む実験を行いました。(※Dh&@dR%P0W¢は「password777」や「123456789」といった単純なものではなくかなりしっかりしたパスワードと言えるでしょう。)
具体的には、パスワードの各文字を割り当てられた4分子の配列に変換し、11本の短い分子鎖を合成したのです。
各分子鎖は 1 文字ぶんの情報を担い、11 本すべてをそろえることでパスワードの全文字列が完成します。
では、どのようにして分子から文字を読み取るのでしょうか。

研究チームは分子の鎖を端から分解しながら、その都度生じる電気信号を解析する方法を開発しました。
具体的には、まず長い鎖の末端に化学反応を起こし、各分子を切り離していきます。
分子が外れるたびに、溶液中でその分子特有の酸化還元反応が起こり、電極にわずかな電流・電圧の変化が生じます。

このとき、4種類の分子はそれぞれ異なる電気的シグナル(波形パターン)を示すよう工夫されているため、外れた分子がどの種類かを電気信号から判別できるのです。(※分子鎖を塩基性の化学反応で末端から一つずつ切り離していくと、溶液中に放出された分子ごとに固有の酸化還元ピークが現れます。つまり4 個の分子を読み取れば、その並びが 1 文字分の情報として確定する仕組みです。)
研究チームは電圧を段階的に変化させながら電流応答を測定し、この分解の一部始終を“映画”のように観察しました。
するとパスワードに使われた11種類のオリゴマーをこの手法で分析した結果、すべての文字を誤りなく復元できることが実証されました。
実際、エンコードした11文字パスワード「Dh&@dR%P0W¢」を全て誤りなく解読し、得られた文字列を使ってコンピュータのロックを解除できることが確認されました。
これは完全にエラー無くデータを書き込み・読み出しできたことを意味し、分子メモリによる情報保存の確実性を示す成果です。
パスパシ氏は「電圧から現在分解されている分子が何かを知る手がかりが得られます。私たちは様々な電圧をスキャンしながら、分子が分解していく“映画”を観察します。そうすると、どの分子がどの時点で外れるかがわかるのです」と説明しています。
さらに「各分子がどの位置にいたか特定できれば、あとはそれらを繋ぎ合わせてエンコードされたアルファベット文字(=パスワードの文字)の正体を突き止めることができます」とも述べ、電気信号データを使って元のメッセージを再構築できることを強調しました。