孤独は権威主義台頭の主要因になる
孤独は権威主義台頭の主要因になる / Credit:clip studio . 川勝康弘
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孤独は権威主義台頭の主要因になる

2025.05.21 18:00:27 Wednesday

スマホで誰とでもつながれるはずの時代に、私たちはかつてないほど「ひとり」でいる――。

孤独の蔓延は、うつ病や早死にリスクを高める“静かな公衆衛生危機”として語られてきました。

しかし最新の神経科学と社会学が示すのは、さらに深刻なシナリオです。

いまや世界各国で問題視される孤独は、単なる個人の心の問題にとどまらず、社会を分断させ、権威主義を台頭させる大きな要因の一つだというのです。

ナチス政権を逃れた政治哲学者ハンナ・アーレントは、早くも20世紀半ばに「孤独こそが全体主義を生み出す温床になる」と警鐘を鳴らしていました。

この継承はナチス時代だけに留まりません。

1990年代の旧ユーゴ紛争では、都市部の若者が失業と孤独感を抱えたまま民族主義の過激派に取り込まれました。

イスラム過激派組織のオンライン勧誘も同様で、「居場所の欠落」を抱えた個人に疑似コミュニティを提供する構図が指摘されています。

今日のデジタル空間では、フォロワー数の多寡がつながりの質を保証するわけではありません。

アルゴリズムが作る“井戸”のなかで、似た不満を抱える人々が「怒りの共鳴箱」を形成し、陰謀論や排外的ミームを増幅させる──それが現代版の「否定的連帯」です。

米国ランド研究所の2024年調査では、孤独感が強い層ほど陰謀論的投稿(Qアノン系投稿)をシェアする頻度が2.3倍に達していました。

SNSでの誹謗中傷や陰謀論の盛り上がりも、その底流には「共有できる居場所のなさ」つまり「孤独」があるかもしれません。

孤独に苛まれた社会は、強力なリーダーや単純な敵味方の構図を求める心理に陥りがちで、結果的に権威主義が勢いを増すのです。

そうした環境では、力強く断定的に語るリーダーや、明快に“悪者”を定義する言説が支持されやすくなり、結果として権威主義的な政治が台頭しやすいのです。

最新の研究でも、慢性的な孤独によって人々のストレスホルモンや免疫システムが乱れるだけでなく、互いへの信頼感が失われ、極端なイデオロギーやデマが拡散しやすい環境が生まれることが示唆されています。

そこで今回は孤独が体と社会の両方を蝕みながら、権威主義台頭にいかにつながるかを、これまでの研究成果をもとにみていきます。

まずは「孤独が体をどのように攻撃するか」です。

The origins of totalitarianism. Harcourt, Brace. https://search.worldcat.org/ja/title/236549
Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1000316

孤独は体を攻撃する

孤独は体を攻撃する
孤独は体を攻撃する / Credit:clip studio . 川勝康弘

私たちは今、「孤独」という社会問題に改めて向き合おうとしています。

2018年、イギリス政府が「孤独担当大臣」を任命したというニュースは大きな話題を呼びました。

日本においても2021年に「孤独・孤立対策担当大臣」が設置され孤独・孤立問題を省庁横断で扱う司令塔と位置づけられました。

アメリカでも2023年に米国公衆衛生局長官が孤独と社会的孤立の流行に関する勧告報告書を発表し、孤独を公衆衛生上の危機と位置付けています。

新型コロナウイルス禍は人々の交流を断ち切り、この「孤独の流行」を一層悪化させました。

世界中で多くの人が長い隔離生活を経験し、その副作用としてメンタルヘルスの悪化や社会への不安感が広がったのです。

しかし孤独の影響は、一人ひとりの心の健康や気分にとどまりません。

人は本能的に社会的なつながりを求める生き物です。

実際、私たちの祖先にとって仲間から切り離されることは命に関わる危険でした。

そのため進化の過程で、孤立を感じたときに私たちの体が警報を発するようになったと考えられています。

これが「孤独感」という主観的な痛みであり、他者とのつながり不足を脳が知らせるサインとして働くのです。

本来であれば、このサインをきっかけに社会的な絆を結び直すはずですが、長期間にわたって孤独が続くと問題が深刻化します。

シカゴ大学の神経科学者であるジョン・カシオポ博士とルイーズ・ホークリー博士の研究によれば、孤独を感じ続けること自体が慢性的なストレス要因となり、脳と体は常に警戒状態になります。

具体的には、視床下部—下垂体—副腎系(HPA軸)が過度に活発化し、ストレスホルモンであるコルチゾールが過剰に分泌されるのです。

このホルモンバランスの乱れは炎症反応を高め、免疫機能を弱体化させるとされています。

例えば血液検査で炎症の指標となるCRP(C反応性タンパク)などが上昇しやすくなる可能性も指摘されています。

このように孤独は体にとって、慢性的な炎症を誘発する大きなリスク要因と言えます。

健康面での影響も無視できず、孤独な人ほど高血圧や睡眠障害、さらにはうつ病や不安障害などメンタルヘルスの不調を抱えやすいことが多くの研究で示されています。

ブリガムヤング大学のジュリアンヌ・ホルト=ランスタッド教授によるメタ分析では、十分な社会的つながりがない人は、喫煙を1日15本行うのと同等のリスク増で早死にしやすい可能性があると報告されています。

孤独や社会的孤立が肥満や運動不足以上に健康に悪影響を及ぼすという結果もあり、もはや孤独は「気持ちの問題」にとどまらず、医学的にも放置できない状態と言えます。

しかし孤独が攻撃するのは体だけではありませんでした。

孤独は社会を激化させる主要因になり得るのです。

次ページ孤独が社会を攻撃する理由

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