長すぎる「しっぽ」を持つ謎ウイルスを発見
長すぎる「しっぽ」を持つ謎ウイルスを発見 / Credit:A dinoflagellate-infecting giant virus with a micron-length tail
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長すぎる「しっぽ」を持つ謎ウイルスを発見 (2/3)

2025.08.04 17:00:38 Monday

前ページウイルスの常識が揺らぐ

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そのウイルスはエネルギーを作る遺伝子を持っていた

そのウイルスはエネルギーを作る遺伝子を持っていた
そのウイルスはエネルギーを作る遺伝子を持っていた / 図は今回発見された巨大ウイルス「PelV-1」と、同時に見つかったもうひとつのウイルス「co-PelV」の遺伝子や特徴がわかりやすくまとめられています。 まず(パネルaとb)では、それぞれのウイルスの「遺伝子の地図」が示されています。遺伝子というのは、生き物の体を作るための設計図のようなもので、この地図は丸い形をしていて、ぐるっと一周するとウイルスのDNA全体になります。PelV-1には467個、co-PelVには569個の遺伝子があり、地図上ではそれぞれの遺伝子が小さな四角いマークとして描かれています。青く色がついているのが、巨大ウイルスに共通の「基本的な遺伝子」です。赤色で示されているのは、PelV-1にある特別な「しっぽ」に関係する遺伝子です。この赤い遺伝子はPelV-1だけにあり、co-PelVにはありません。 次に(パネルc)は、PelV-1とco-PelVがどのような仲間に属しているかを示した「ウイルスの系統樹」です。これは、ウイルス同士がどのような親戚関係なのかを表した図です。この図を見ると、PelV-1とco-PelVは「Mesomimiviridae(メソミミウイルス科)」というグループに属していることが分かります。このグループには、ほかにも「藻類(海の植物)に感染する大きなウイルス」が含まれていて、PelV-1やco-PelVも同じ仲間であることがわかります。また、以前発見された、別の藻類に感染する巨大ウイルス(たとえば「PgV」など)もこの近くにいて、共通の祖先から進化してきたことがうかがえます。 最後に(パネルd)では、PelV-1とco-PelVが持っている重要な遺伝子の種類を一覧でまとめています。例えば、両方のウイルスにはエネルギーをつくるために必要な遺伝子や、光を吸収するための遺伝子があり、それらが生きるのに役立っていると考えられています。PelV-1には特に「しっぽ」を作るための遺伝子があり、co-PelVには代わりに植物の細胞壁を壊す「セルラーゼ」という酵素の遺伝子があります。これらの遺伝子を使って、ウイルスは感染した相手のプランクトン細胞の中で、自分たちに都合の良い環境を作り出すことができるかもしれません。このように図はふたつの新しいウイルスがどのような特徴を持ち、どんな仲間なのかを示しており、ウイルスは単純で小さいだけの存在ではなく、実はとても複雑で多様な能力を秘めていること/Credit:A dinoflagellate-infecting giant virus with a micron-length tail

PelV-1とはいったい何者なのか? そして、あの「とんでもなく長いしっぽ」にはどんな意味があるのでしょうか?

その正体を探るために、研究チームはまず、このウイルスの見た目をじっくり観察することから始めました。

特殊な電子顕微鏡を使ってウイルスを見てみると、PelV-1は直径およそ200ナノメートル(0.2マイクロメートル)の多角形のかたい殻(カプシド)を持ち、そこから細長いしっぽのような構造が1本、ひょろっと伸びていることが分かりました。

このしっぽは幅がたった30ナノメートルくらいしかありませんが、長さはなんと最大で2.3マイクロメートルにもなるのです。

これは、カプシド本体の10倍以上の長さです。

大腸菌などの普通の細菌と同じくらいの長さだと考えると、いかに大きいかが分かります。

このしっぽは、今まで見つかったどのウイルスよりも長いとされています。

たとえば、P74-26というウイルスのしっぽは約0.875マイクロメートル、ツパンウイルスという巨大ウイルスでも0.55~1.85マイクロメートル。それらを上回る長さなのです。

さらに驚くのは、PelV-1のカプシドの反対側には、星の形をした「ふた」のような部分(スターゲート)と、その近くに短く太い突起があることです。

この突起がどんな役割を果たしているかはまだはっきりしていませんが、ウイルスの中身を放出する通路と関係しているかもしれないと考えられています。

続いて、研究チームはPelV-1の「中身」、つまり遺伝子の情報も解析しました。

PelV-1のDNAは約46万塩基対という非常に大きなサイズで、これはふつうのウイルスと比べて桁違いに大きいものでした。

その中には、数百にのぼる遺伝子が詰まっていました。

特に注目されたのは、エネルギーを作り出すためのしくみに関係する遺伝子です。

たとえば、細胞の中で食べ物からエネルギーを取り出す「クエン酸回路(TCA回路)」にかかわる酵素の設計図や、脂肪を分解・合成するための遺伝子が見つかりました。

さらに、光を集めるためのたんぱく質(ライトハーベスティングコンプレックス)や、光を感じて反応する「ロドプシン」というたんぱく質の遺伝子もありました。

そのほかにも、水を通す「アクアポリン」、イオンの出入りに関わるチャネル、糖の出入りを助ける輸送体など、さまざまな「便利な道具」がそろっていたのです。

これだけの装備を持つウイルスは、ほとんど例がありません。

研究者たちは、PelV-1がこうした遺伝子をもともとは感染相手のプランクトンから取り入れた可能性があると考えています。

こうした遺伝子が感染した宿主の細胞の動きを変えることで、ウイルスの増殖を助けているのかもしれません。

さらに、PelV-1は感染のときに姿を変える「変身ウイルス」でもありました。

研究チームは、PelV-1が植物プランクトンの細胞に感染するようすを時間を追って観察しました。

すると、ウイルスはまず長いしっぽを使って細胞の表面にピタッとくっついていました。

しかしその後、細胞にしっぽを刺すのではなく、まるごと細胞に取り込まれていったのです。

この動きは「エンドサイトーシス」という、細胞が外のものを飲み込む仕組みに似ているものでした。

もっとおどろいたのは、感染後しばらくたった細胞の中からは、しっぽが付いたウイルスの姿がまったく見えなくなっていたことです。

そのかわり、しっぽのないPelV-1が大量に作られていました。

つまり、ウイルスは感染するときにしっぽを「ポロッと捨ててしまう」ようなのです。

そして、感染し終わったウイルスがまた海の中に放たれると、今度はしっぽがちゃんと生えた姿になっているのです。

まるで「使い捨て変身グッズ」のように、感染のたびにしっぽを付けたり外したりしているのです。

この変身のしくみは、これまでのウイルスではほとんど見られない非常にユニークなものです。

最後に、研究チームはPelV-1とは別に、同じ海水サンプルからもう一種類の巨大ウイルスも見つけました。

こちらは「co-PelV(コ・ペルブイ)」と呼ばれていて、PelV-1と同じグループのウイルスでした。

ただし、このウイルスはPelV-1のような長いしっぽは持っていないようでした。

ではPelV-1のしっぽは何のために存在するのでしょうか?

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