尾長ウイルスは地球の炭素を動かしている

今回の研究で見つかったPelV-1(ペルブイワン)は、ウイルスに対するこれまでのイメージを大きくくつがえす存在です。
ふつう、ウイルスといえば「小さくて単純」という印象が強いかもしれません。
でもPelV-1は、体のサイズも、持っている遺伝子の数も、そして“できること”も、今までのウイルスとはまったくちがっていました。
とくに注目されたのが、PelV-1の持つ「しっぽ」です。
このしっぽは2.3マイクロメートルもあり、広い海の中でウイルスが効率よくプランクトンと出会うための「釣り竿」や「アンテナ」のような役割をしているかもしれません。
研究チームは、このしっぽがあることで、ウイルスの「体の大きさ」が広がり、より多くの宿主(感染する相手)にふれるチャンスが増えると考えています。
とくに、栄養が少なくて生きものの数も少ない外洋(おおよそ海のどまんなか)では、そうした工夫が生き残りに有利になるのかもしれません。
また、この長いしっぽは、宿主細胞への侵入後には見られなくなるため、ウイルスが細胞に取り込まれた後に切り離される、または感染過程の中で不要になる「使い捨て」の構造である可能性も示唆しています。
つまり、この構造は宿主への最初の接触や侵入を促進するために重要であるものの、感染後は必要がなくなり破棄される、特殊な戦略的構造としているのです。
またPelV-1は、ただ感染して「こっそり中身を入れて終わり」というタイプのウイルスではありません。
遺伝子の中には、エネルギーを作るための装置や、光を使ってはたらくたんぱく質など、ふつうは「細胞」にしかないような高度な機能がそろっています。
こうした遺伝子を持つことで、ウイルスは感染相手の中でエネルギーや栄養の流れを“自分好みに”変える力を持っている可能性があります。
このようにPelV-1は「ただの病原体」ではなく、「エネルギーを操る、戦略を持つ存在」のようにも見えてきます。
ウイルスと細胞、生命体と非生命体のちがいって何?という疑問を考えるきっかけにもなるかもしれません。
さらに大きな視点で見ると、PelV-1のようなウイルスは、私たちがふだん気づかないところで、地球の環境にも関わっている可能性があります。
たとえば植物プランクトンは、海の中で光合成をして、たくさんの酸素を生み出しています。
同時に、二酸化炭素を吸い取って、地球の空気のバランスをとる大事な役割も果たしています。
PelV-1のようなウイルスが植物プランクトンに感染すると、そのプランクトンは死んで分解されます。
そのとき、もともとプランクトンがためていた炭素は海の中へ流れ出したり、深海へと沈んでいったりします。
つまり、こうしたウイルスの感染が繰り返されることで、海の中の栄養の流れだけでなく、地球全体の「炭素のサイクル」にも影響を与えるのです。
もしかしたら、PelV-1のようなウイルスたちが、見えないところで地球の空気や気温のバランスを支えているのかもしれません。
まるで「姿は見えないけれど、地球全体の“黒子”として働く巨大な役者」のようです。
今回の発見は、巨大ウイルスの世界を少しだけのぞくことができた第一歩にすぎません。
PelV-1のような不思議なウイルスは、海のどこかにまだまだたくさんひそんでいるかもしれません。
これからの研究が進めば、さらに面白いウイルスが発見されることでしょう。
今まで人間が気が付かなかっただけでこういう変わったウイルスって意外といるのですかね。