水をシリコンに流すだけで発電効率9%達成――摩擦発電の衝撃的進歩
水をシリコンに流すだけで発電効率9%達成――摩擦発電の衝撃的進歩 / Credit:Canva
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水をシリコンに流すだけで発電効率9%達成――摩擦発電の衝撃的進歩 (2/3)

2025.10.29 21:00:30 Wednesday

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水をシリコンに流すことで「長続きする静電気」が生まれる

シリコンに刻まれたナノ構造が水から電気を作る
シリコンに刻まれたナノ構造が水から電気を作る / Credit:TU Hamburg/DESY, Künsting

どうやってとシリコンで発電を実現させたのか?

研究チームはまず「ナノ多孔質シリコン・モノリス」と呼ばれる特別なシリコン素材を作りました。

これは見た目こそただの固まりですが、実際は中にナノメートル(1ミリの100万分の1)サイズの極小の孔がびっしり空いています。

イメージとしては、細いストローが無数に束になったスポンジのようなものです。

実験では、このスポンジ状のシリコンを金属の容器に入れ、その容器に液体を押し込んだり引き抜いたりします。

シリコン表面は水をはじく特殊な加工(撥水処理)がされているため、強い圧力を加えることで初めて液体が内部の小さな孔に入り込みます。

液体が内部に入ったり出たりするときに、電気が発生するのです。

ただ、このままだと発電できる電気の量はごくわずかでした。

そこで研究者は、電気を生み出す効率をもっと高める方法を考えます。

着目したのは2つ。

「押し込む速度」と「使用する液体の種類」です。

まず押し込む速度です。

液体をスポンジシリコンの中にゆっくり押し込むと、小さな電圧しか発生しません。

ところが勢いよく押し込むほど、より高い電圧が発生することが確認されました。

つまり、シリコンの中で液体が急速に動くほど、電気がたくさん生まれる仕組みになっているわけです。

次に、使う液体の工夫が試されました。

水にある特殊な物質をほんの少し加えただけで、発電効率が劇的に向上したのです。

研究チームが加えたのは、ポリエチレンイミン(PEI)という高分子物質で、たった0.1%の濃度で水に混ぜられました。

PEIは「誘電率」という数値を大きく引き上げる効果を持っています。

誘電率とは、電気をため込む能力のようなもので、これが高いほど、液体と固体の境目で多くの電荷をためられます。

純粋な水の誘電率は約80ですが、PEIを混ぜた水は約270という非常に高い値になりました。

つまり、PEIを少し混ぜただけで、水の電気をためる力が飛躍的に増加したのです。

その結果、電気エネルギーへの変換効率は最大で9%という高い数値に到達しました。

これは純水だけの場合の0.06%と比べて約150倍という大きな進歩です。

さらに、1回の押し込みと排出(1サイクル)で得られる電気エネルギーも、純水の約0.053ジュール毎平方メートルから10ジュール毎平方メートルへと約190倍に増加しました。

まさにPEIは「一滴の魔法」を生み出す鍵となったわけです。

では、そもそもなぜPEIはここまで劇的な効果を持つのでしょうか?

PEIの効果は単に「電気をためる力が強い」というだけではありません。

研究者たちは、シリコン表面のごく小さな“欠陥”との相互作用にも注目しました。

シリコンの表面は特殊なフッ素系分子でコーティングされていますが、その層にはところどころ結合が切れた「欠陥サイト」が存在します。

普通なら欠陥は「悪者」として扱われるものです。

しかし今回の研究では、この欠陥が発電の主役になっていました。

シミュレーションの結果、液体が孔の中に押し込まれると、これらの欠陥部位で電子のやり取りが起こり、電荷の偏りが生じることが分かりました。

さらに、この欠陥は「押し込み」と「抜き出し」のたびに一時的に壊れたり再結合したりを繰り返すことも判明しました。

この繰り返しが電気信号の発生源となり、電流が流れ続ける理由になっていたのです。

言い換えれば、ナノの世界では“欠陥こそが機能”なのです。

この一見逆説的な構造が、摩擦で生じた電気を長く持続させる「秘密のスイッチ」になっていました。

研究者たちはさらに、PEIがこの欠陥とどのように関わっているかを解析しました。

PEIは分子内に「アミン基」と呼ばれる電子を渡しやすい部分を持ち、欠陥サイトに電子を送り込みます。

これによりシリコン側にはマイナスの電荷が安定して残り、PEIのプラス電荷と釣り合うことで、電気が逃げにくい状態になるのです。

その結果、電流が生まれるだけでなく、数分以上も電気が流れ続けるという特異な現象が観測されました。

これは従来の「一瞬パチッ」で終わる静電気発電とはまったく異なる世界です。

一度押し込んだだけで、しばらくの間ゆっくりと電気が流れ続ける。

この“長持ちする電気”こそ、IE-TENG(侵入・排出型摩擦発電機)が従来技術を超えた最大の理由です。

そしてもう一つ重要なのが、装置の構造です。

これまでの摩擦発電機の多くは粉末状の材料を使っていました。

粉は表面積が広く電気を生みやすい一方で、集電効率が悪く、安定した出力を得るのが難しいという欠点がありました。

しかし今回のように「モノリス(塊状)」にすることで、電荷をスムーズに集めることができ、結果として従来比で二桁(約100倍)のエネルギー向上を実現しました。

さらにこの方式では、繰り返し使っても再現性の高い出力が得られました。

つまり、単なる研究室の実験を超え、実用化の可能性を感じさせる安定性が確認されたのです。

ナノスケールの欠陥、分子レベルの相互作用、そしてマクロな構造設計。

これらが連動することで、まるで小さな生き物が呼吸するように電気を生み出す――

そんな“生きているような発電体”が誕生したのです。

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