親知らずを支える「骨と筋肉の発達」に時間がかかっていた
同大・人類起源研究所(Institute of Human Origins)のチームは、ヒトやチンパンジーを含む21種類の頭蓋骨を対象に、骨と歯の発達過程を比較しました。
すべての頭蓋骨を3Dモデル化した結果、親知らずの生えてくるタイミングは、成長段階にある骨と筋肉の生体力学的なバランスに関係していることが示されています。
まず、ヒトの大臼歯が生えてくる時期は、第一大臼歯が6〜7歳、第二大臼歯が11〜12歳、親知らずが17〜21歳です。
一方で、ほかの霊長類はもっと早く、チンパンジーでは、3歳、6歳、12歳で大臼歯が生えそろっていました。
キイロヒヒでは7歳までに、アカゲザルでは6歳までにすべての永久歯が生えそろいます。
これらのタイミングを制限する要因の1つは、スペース(空間)です。
ヒトは、ほかの霊長類に比べて、口内のスペースが狭く、親知らずを生やすスペースが限られています。
歯が生えるスペースが空いているからといって、そこに歯を詰め込むのは必ずしも良いことではありません。
このスペースの狭さのために、ヒトでは親知らずの埋伏や欠損が起きやすくなっていました。
また、重要な点として、歯はただ生えるだけでは機能せず、その周囲の骨や筋肉に支えられることで、安全かつ便利な道具として使えるようになります。
これこそが親知らずの成長が遅れる原因となっていました。
霊長類の親知らずは、左右2つの顎関節(がくかんせつ)のすぐ手前に位置します。
顎関節は、顎と頭蓋骨の間のヒンジ(蝶番)を形成し、これを動かすには互いに完全に同期していなければなりません。
また、物を噛み砕くには、1つまたは複数の点にかなりの力を伝達する必要があります。
ここが未発達の状態で余計な歯を生やしてしまうと、咀嚼(そしゃく)のための顎関節の働きに支障をきたします。
そして、チンパンジーやヒヒのように顎の奥行きの長い種では、親知らずを支えるための骨や筋肉の発達がヒトよりずっと早かったのです。
しかし、ヒトのように顎の奥行きが短いと、親知らずにかかる負荷が、成長中の顎骨や筋肉にダメージを与えない程度に発達するまでの期間が非常に長くなっていました。
その発達完了の時期が、17〜21歳頃というわけです。
研究主任のゲイリー・シュワルツ氏は、こう述べています。
「ヒトの顎は非常にゆっくり成長することがわかっています。
これは、私たちの生活史が全体的にゆっくりしていることと、顔の奥行きが短いことが相まっています。
そのため、親知らずに必要なスペースの確保、負荷に耐えられる骨と筋肉の発達に時間がかかっているのです」
本研究の成果は、親知らずの状態を診断するための新たな方法を提供するだけでなく、ヒト科の祖先におけるユニークな顎の進化史をひもとくのに役立つと考えられています。