1キロ以上も離れた巣にどうやって帰る?
巣から遠く離れても、自分が歩いた方向や距離、太陽の位置、その他の視覚情報を合わせて、巣を基点とした自分の現在地を把握するのです。
このナビゲーション能力を「経路統合(path-integration)」と呼びます。
しかし、このシステムは巣からの距離が遠くなればなるほど、次第に信頼性が低下することが分かっています。
特に広大で殺風景なチュニジアの塩田では、アリたちは食料がある場所まで毎回かなりの長旅をしなければなりません。
一般的なアリが巣から平均して数十メートル程しか離れないのに対し、砂漠アリは1キロを超える旅をするそうです。
そうなると、いよいよ経路統合の信頼性は低くなります。
塩田には目印となる視覚情報がほとんどなく、どの方向からでも同じに見えるからです。
そこで研究チームは、チュニジアの塩田に住む砂漠アリがどのように巣までのナビゲーションをしているかを調べました。
小高い丘は採餌係の「ランドマーク」になっていた
実はこれまでの研究で、目印となるものがない塩田の中央部にある巣は、入り口に小高い丘(高さ約40センチ)が建てられることが知られていました。
対して同じ砂漠アリでも、海岸付近の岩場や近くに低木のある塩田に暮らすコロニーでは、地面に穴を開けただけの目立たない入り口が作られるのが普通です。
ここからチームは「小高い丘が帰り道を見つける目印として機能しているのではないか」と予想しました。
これを検証すべく、GPS装置を使って殺風景な塩田に住む砂漠アリのコロニーを追跡しました。
すると食料調達に出かけたアリたちは、平均して2キロ以上もの距離を移動していることが新たに確認されています。
これは過去に報告されていたよりも遥かに長い距離です。
さらに、アリが巣に帰り着くまでの最後の十数メートルを詳細にトラッキングした結果、巣の丘の高さが重要な視覚的手がかりになっていることが示されました。
その範囲に近づくと、アリたちは急にスピードアップして、スムーズに巣へと帰り着いていたのです。
そこでチームが実験的に小高い丘を取り除いたところ、巣に戻れるアリが大幅に少なくなりました。
加えて、巣の周囲に目印がない場合、アリたちが意図的に小高い丘を作るかどうかを実験。
まず16個のコロニーの巣の丘を取り除き、そのうち8個には巣の近くに高さ50センチの黒い円筒を2個ずつ設置。残りの8個には何の目印も置きませんでした。
すると実験から3日後には、目印を置かなかった巣のうち7カ所で、アリたちが急ピッチで丘の再建設したのに対し、黒い円筒を設置した巣では、丘を再建した巣はたった2カ所しかなかったのです。
他の6コロニーでは丘は再建されず、これはアリたちが巣の近くの黒い円筒が目印として代用できると判断したためだと考えられます。
以上の結果からチームは「塩田の砂漠アリは、巣の小高い丘を”家路につくための目印”として意図的に建設している」と結論しました。