世界中の研究室には「シュレーディンガーの猫」生成装置がある
現代のシュレーディンガーの猫は光でできている
世界中の量子力学の研究室を除くと、どこも必ずと言っていいほど「スプリッター」と呼ばれる装置が存在しています。
スプリッターは「半透明のガラス」のようなもので、命中した光子をランダムに反射させたり透過させる性質があります。
ガラスを見たとき、向こうの景色と反射した自分の姿が同時に見えることがあります。
これは光の一部は透過して、一部は反射するために起こる現象です。量子力学的にはこのとき、透過する光と反射する光に条件による違いは無く、完全な確率によって決まっています。
そのため光子1個をスプリッターに命中させると、光子が「反射した現実」と「透過した現実」の両方が装置内部に重ね合わさった状態で出現します。
言い換えれば1つの光子が2つの場所(反射地点と透過地点)に同時に存在する状態になるのです。
そして光子がどちらの状態にあるかは「観測」という介入が行われるまで決定されません。
(※観測が行われるまで「どちらか」という情報は宇宙に存在せず、観測によってはじめて宇宙に情報が発生します)
ここまでで「シュレーディンガーの猫みたいな話だ」と思ったならば、大正解です。
スプリッターというのは猫の命を危険に晒さずに「シュレーディンガーの猫」の状態を作り出す、量子状態生成器なのです。
スプリッターという単語からはあまり凄みがわからないかもしれませんが、スイッチを入れれば量子状態を即座に生成してくれる装置だと考えれば、世界中の研究室にある理由もわかるでしょう。
ではこの量子状態生成器であるスプリッターを使って、音の量子化もできるのでしょうか?
フォトン(光子)とフォノン(音子)は大きく違う
これまでの研究では光子の他にも類似の手法を用いて、電子や原子、さらにより巨大な分子を量子的状態に変化させることに成功しています。
(※量子的状態にさせる方法としては他に2重スリット実験などに代表される干渉法も利用されています)
理論的には量子的状態にできるサイズに上限はないと考えられており、現在はウイルスや細胞など生物学的サイズの物体でのチャレンジが行われています。
では音の最小単位であるフォノン(音子)ではどうなのか?
答えを正直に言うならば「誰も想像すらしていなかった」となります。
光子や電子は、波と粒子という2つの性質を同時に持つ奇妙な物質ですが、音は空気や弦など媒体を振動して伝わっていく波そのものです。
フォノン(音子)は正式な素粒子ではなく、あくまで素粒子の性質を研究するために、音の振動を最小の粒子に見立てたものなので、光子や電子、原子や分子とは概念的に異なった存在なのです。
実際、これまでの研究ではスプリッターを使って光子や電子、原子や分子などの重ね合わせ状態を研究した多くの論文が出されていましたが、フォノンの重ね合わせ状態についてはほとんど調べられていませんでした。
目に見えない粒子ならともかく、音の「聞こえる状態」と「聞こえない状態」が重なり合わさっているのは想像しにくかったのかもしれません。
しかし量子力学の進歩により、ついにフォノンの重ね合わせ状態に挑む試みが始まりました。
今回、シカゴ大学の研究者たちは、フォノン専用のスプリッターを開発し、音も量子的な重ね合わせ状態にできるかを実証することにしたのです。
しかし光子ならば半透明のガラスを使えばいいのはわかりますが、音のスプリッターとはいったいどんなものなのでしょうか?