思いの他複雑な、食欲と食事のペースの調整メカニズム
マウスの摂食行動を抑制する2つのプロセスは、時間的な特徴も異なっていました。
PRLHニューロンは素早く反応し、短期間だけ摂食行動を抑制するのに対し、GCGニューロンは、信号を受けてから反応するまでに時間がかかりますが、長期間にわたって食欲を低下させるのです。
つまり脳は、まず味覚で味わうことで食事のペースをいくらかスローダウンさせ、その後しばらくしてから、胃腸の信号によって長く続く満腹感を生み出しているようです。
とはいえ、前者の「味覚による抑制効果」を実感している人はほとんどいないでしょう。
確かに「まずい」と感じた時には食欲が失せるものですが、「美味しい」と感じた時にも抑制効果が働いているとは思えませんね。
私たちにとって「味覚」とは、基本的に食欲を増進させるものであり、「味わった瞬間」に、脳が食事のペースを落とそうとしているなんて、到底考えられないのです。
この点をナイト氏は次のように解説しています。
「脳は、同時に2つの異なる方法で食べ物の味を利用しています。
1つは、“美味しいからもっと食べなさい”という増進効果です。
もう1つは、“病気になるからもっとゆっくり食べなさい”という抑制効果です。
そして、この2つによってバランスが取られたものが、実際の私たちの食事スピードなのです」
私たちは満腹になれば自然と食事を停止できるような気がしていますが、必ずしもそれが上手く働かない場合があります。
逆に美味しい食事に対してペースを緩やかに保ち、少ない量でも十分な満足感を得られる場合もあります。
コース料理を食べているときはここに該当するかもしれません。
これは味覚による抑制効果が、陰ながら効果を発揮している証拠なのでしょう。
これは私たちが食事をどのようなペースでどの程度食べるかということを、単なる胃の満腹感だけではなく、味覚や口の刺激も含めた非常に複雑な方法で決定されていることを示唆しています。
研究チームは、今回の発見(2つの抑制プロセス)が、人間の食欲をコントロールする薬の開発に役立つと考えています。
私たちとしては、美味しい食事を十分に味わって食べるよう意識したいものです。
その時脳は、幸せを感じつつも、「ゆっくり食べようね」と身体の健康を気遣ってくれているのです。