承認欲求を知らない神様の物語
はるか太古。
神様は大宇宙の片隅にある、地球によく似た惑星を造り出した。
空には二つの小さな月があり、豊かな海と陸地がその星を潤す。
神様は愛情を込めて、そこにさまざまな生物を生み出した。
年月が流れ、進化の果てに知的生命体が誕生する。
彼らは自らを「ベータ」と呼んだ。毛皮をまとい、四肢で大地を駆け、やがて道具をつくり、集団で狩りをするようになった。
ベータたちは初め原始的な狩猟採集生活を営んでいた。
肉食動物のような鋭い牙こそ持たないが、互いを攻撃することは日常茶飯事。
彼らの大きな死因の一つが「仲間の攻撃による殺害」だった。
人間の歴史で言われるように、死亡理由の15%が仲間同士の衝突に起因していたのである。
「我が子を奪われた復讐だ」
「おまえの獲物を横取りしているのを見た」
「違う、これは俺たちの狩り場だ!」
ちょっとした揉め事から、たやすく血を見る事態へと発展する。
そこでベータたちは集団を小規模に保とうとした。1グループにつき150〜200匹ほどで構成し、地形に合わせて狩りや採集を行う。
人間が“ダンバー数”と呼ぶものに近い。彼らの脳も、この集団数に合わせて情報をやり取りするように進化を遂げていた。
神様はそんなベータたちを見つめ、思案する。
「どうすれば彼らは殺し合いをやめるのだろうか。そうだ、十分な食料があれば、争いの原因も減るはず」
そう考えた神様は、豊潤な大地を作り出し、ベータたちが農耕を行えるように導いた。作物の種を授け、季節に応じて大地に恵みをもたらす。
ベータたちは戸惑いながらも、新しい生活に慣れ始めた。
森林を切り開いて畑を作り、川から水を引き、収穫物を蓄える。食料が安定すれば、腹を空かせて他者を襲うことも減るだろうと神様は期待した。
しかし、その望みは見事に裏切られる。
農耕生活が始まるとむしろ、彼らの内部での殺人率は20%に増加してしまった。
「土を耕すだけでは、彼らの攻撃性は変わらないのか…」
神様は嘆いた。食料が安定することで逆に人口が増え、集団間の利害対立が複雑化し、土地の占有や富の奪い合いが激化してしまったのだ。
そこで神様は、彼らの技術力を高めようと試みる。
畑が豊作になるよう気候や農作物の性質を調整し、結果的に余裕が生まれたベータたちは道具や建築技術を進歩させた。
こうして集団は都市へと発展し、交易が行われ、初歩的な法体系が生まれ始める。
神様は「法があれば殺人は減るだろう」と期待する。
しかし現実は甘くなかった。
都市部では集団がさらに巨大化し、富や権力をめぐる闘争はいっそう苛烈になった。
法が整備されたとしても、権力者や富裕層同士の対立は絶えず、近代に入った人間社会と同様に、殺人の比率は劇的には減らなかったのである。
(※参考までに、現実の地球でいえば、近代国家の成立後も全世界的な他殺率は数%程度と言われる地域が多数あり、国や時代によってはさらに高い殺人率を示す所もあった。人間同士の戦争や内紛も含めれば、その総計は計り知れない。)
神様が見守る中、ベータの社会でも“農耕”と“技術発展”が、必ずしも彼らの攻撃性を抑止する方向には働かなかった。
神様は再び頭を抱える。
「どうすれば、この争いを減らし、ベータたちが互いを理解し合えるのか。狩猟採集も農耕も、技術発展も、互いに攻撃し合う本能を止められなかった。ならば——彼らにもっと情報を交換する術を与えてみよう。」
狩猟採集から農耕、農耕から近代化への流れを一通り眺めた末に、神様は情報革命を起こすことを決意する。
コミュニケーションの手段を劇的に変え、ベータたちがお互いを知り合い、絆を強め、不要な疑心暗鬼や争いを減らせるように——そんな期待を胸に抱いたのだった。
「ベータたちよ、互いに語り合え。遠くの者とでも、言葉や情報を交わし合え。そうすれば殺人の割合も下がるだろう……」
「彼らに互いの考えや感情を、もっと簡単に、もっと広く交換できる手段を与えれば、争いは減るに違いない」
そう考えた神様は、ベータたちの社会にSNSという新技術をもたらす。
ネットワークを通じて、遠く離れた仲間同士が即座に言葉や映像を送り合える――かつての小集団では考えられないほど豊かなやり取りが可能になった。
SNSが浸透すると、ベータたちは国や地域の垣根を越えて、技術や文化、思想を共有し合った。神様はそれを見て胸を高鳴らせる。
「どうだろう、情報不足や偏見による争いが少しでも減るなら、この革命は成功だ」
ベータたちは好奇心に満ち、これまで会ったことのない他者とフレンドリストを作り、コミュニティを広げていく。
たしかに一部では誤解や対立が解消される例も見られた。紛争地域と平和な地域がSNSを介して互いの思いを共有し、衝突が回避される小さな奇跡も起こり始めた。
だが、ある日――神様は、SNSを使うベータたちの中で、どうにも妙な行動が目立ち始めたことに気づいた。
神様が様子を探ると、ベータたちのタイムラインには無数の写真や動画、自分の身の回りの報告が溢れている。
「今日はこんな服を着ている」
「私の作った料理を見て!」
「俺は日々はこんなに充実している!」
そして、その投稿に対して「いいね!」という反応が飛び交い、ベータたちはそれを大変喜んでいた。まるで「いいね」を集めること自体が目的であるかのよう。
「なぜこんなに、自分をアピールするのだろう?」
神様は首をかしげる。“承認欲求”という言葉は、いまだ神様の辞書にはない。
だが、明らかにベータたちがSNSで過剰な自己開示をし、他者からの反応を欲しがるという新たな行動パターンを見せ始めていた。
さらに、神様はベータたちのSNSを観察するうちに、さらなる事態に気づく。異常な攻撃性がSNS上で噴出していたのだ。
ベータたちはコミュニティ内で小さな事件やミスを見つけると、こぞってその相手を糾弾し、激しい言葉で批判する。
事実無根の噂や誹謗中傷が一瞬のうちに拡散され、さらなる怒りを呼び起こす。
その様子は森林を焼き尽くす「炎上」のようだった。
「あいつは最低の裏切り者だ。許していいのか?」
「こいつをみんなで追い詰めよう!」
当初、神様は「ベータたちの攻撃本能がSNSでも現れることはあるだろう」と予想していた。
狩猟採集の時代から続く彼らの激しい気質は簡単には変わらない。
だが、見ず知らずの相手にまで過剰な攻撃が繰り広げられるとは想定外だった。
「農耕でも法でもダメだった。SNSでもダメなのか……」
神様は落胆しながらも、なぜベータたちが自己開示と他者攻撃の両方に執着し始めたのかを探ろうとする。
攻撃本能が高いことは分かっていた。
彼らはもともと仲間殺しを繰り返していた種族だ。
しかし、その一方で「なぜSNSが承認欲求の塊を生み出すのか」は神様にとって謎だった。
自己開示と会ったこともない相手への攻撃は、いったいどこから来るのか……?
神様はベータの歴史を振り返り、その答えらしきものに思い至る。
「……そうか。もともと彼らは150〜200人ほどの集団しか維持できない脳で進化してきた。大きな社会に属していても、頭の中では常に“小さな群れ”を想定しているのだ……。」
ベータたちは長い狩猟採集の歴史の中で、仲間に殺される恐怖を常に抱えていた。
死因の15%が仲間の攻撃――そんな世界で生き抜くには、「仲間から排除されない」ことが何より大切だったのだ。
仲間内で悪い噂を立てられないように、他者より優位に立ちたい
自分は有用な個体、群れにとって必要な個体だと周囲に示したい
逆に“危険なやつ”を噂で共有し、排除する(=攻撃で先手を打つ)
この「噂(ゴシップ)に快感と報酬を得る」仕組みは、狩猟採集のころからDNAに刻み込まれていたのである。
「その脳のまま、SNSという広大な空間に放り込まれれば、いったいどうなるか……」
神様はようやく理解する。
SNSでは、数百人どころか何千・何万人の“仲間候補”が目に飛び込んでくる。
脳はそれを“とんでもなく巨大な群れ”と錯覚し、“評価されないと危険だ”“排除されるかもしれない”という恐れを加速させる。
結果、彼らは「自分はこんなに優れている」「こんなに素敵なんだ」という投稿を絶やさずに行い、常に承認(いいね)を欲しがる。
一方で、少しでも不満を抱いた相手には“あいつを排除しろ”と攻撃を集中させる。昔から脳に刷り込まれた「噂を広め、賛同を得て、排除する」手法が、SNSで倍増してしまうのだ。
「仲間内で評価されることで殺されない」という狩猟採集時代に進化したベータたちの原始的な脳が、SNSの場で混乱してしまい、結果として際限のない承認欲求が大量発生した。これがベータたちの奇妙な行動の正体だった。
神様は嘆きとも諦めともつかない表情を浮かべる。
「農耕でも、法整備でも、技術発展でもダメだった。SNSでも……彼らは承認を求め、また仲間を攻撃する。けれど、SNSならば正しく使えば情報や思いを分かち合える可能性もある。果たしてベータたちは、進化の呪縛を乗り越えられるのだろうか……?」
その問いに答えられるのは、神様ではない。
SNSが生まれたことで、ベータたちは自らの生存戦略――排除と承認――を、かつてない規模で行う環境を手に入れた。
そしてその環境は、彼らが本来数百人の“小さな群れ”を想定していた脳を、計り知れない混乱へと誘うことにもなる。
彼らが互いを理解し合い、攻撃本能を抑えて協力していくか、それともさらなる分断と苛烈な排除へと向かうのか。
未来はまだ見えない。
だがひとつ確かなのは、神様の期待した「SNSによる争いの減少」は簡単には訪れず、むしろ新しい形での混乱を呼び起こしているということだ。
“人はなぜSNSで自己開示し、反応(承認)を欲しがるのか?”――その答えは、ベータたちの過去に刻まれた生存戦略にある。
果たしてこの知見を、彼らは自らの手でどう活かすのか。
神様は星空に輝く二つの小さな月を見上げ、静かに思いを巡らせる。
承認と攻撃に満ちた奇妙な群れ、それがベータたちのSNS時代の行方であった――
人狼ゲームがまさにこんな感じですね
これ書いてるの被差別階級の方よね。MeToo以降、マスメディアやSNSの言説は即実生活の生死に直結してます。
人類は動物界で唯一死刑という淘汰圧によって進化してきた種だとハーバード大の教授が言っていましたがそれと繋がる話ですかね
ちょっと飛躍し過ぎかな
点と点を無理やり結びすぎ
別にそこまで飛躍してるところも無理して繋いでるところもない面白い話だと思うけど。
他の記事と違い
筆者の結論ありきというか
最後のポエムを披露するため寄せ集めの研究データように感じました
なんだか求めているものとは違うかな
記事内容とタイトルが合致しているのかどうか、少し違和感を覚えました。
タイトルから予想するに、
1. サルトルやキルケゴールなどの思想を引用し、「人間は他者の目ではなく、自分の存在そのものに価値を見いだすべきだ」という実存主義的な論点に結びつけて哲学的な話が展開される、あるいは
2.「承認欲求という考え方を捨てることで、より自由で満足度の高い生き方が可能になる、そしてその方法とは…」のように仏教を連想させる実践的な提案が出てくるのかと思いましたが、実際の内容は脳の進化に触れつつ、主にSNS利用に対して注意を促す社会批判でした。
記事内容には概ね同意できますが、結局、「承認欲求というのは存在しない」という挑戦的なタイトルにふさわしいものだったかというと…謎ですね。
著者自身が「承認欲求」に囚われ、インパクトを求めた結果、このようなタイトルになってしまったのであれば、それはちょっと皮肉なことですね