“あえて寝不足”が恐怖を抑える理由と今後の課題

今回の実験では、「学習直後」に限らず「翌日にあえて睡眠を奪う」という方法でも恐怖反応が顕著に減衰する点が特筆されます。
従来の通説では、トラウマ直後に睡眠を妨げると“記憶の固定(コンソリデーション)”が阻害されて恐怖が弱まると考えられてきました。
しかし、本研究からはそれだけでなく、脳が恐怖を積極的に抑え込む方向へと変化する可能性も示唆されています。
実際、扁桃体でBDNFが増えていた事実は、恐怖の“ブレーキ”を強化する神経回路が再編された証拠ともいえそうです。
さらに、「Gentle Stimulation」というソフトな睡眠剥奪手法が、マウスに余計なストレスを与えないという点は大きな意義があります。
つまり恐怖記憶が減った理由を「単なるストレス増大」だけに帰せず、神経可塑性(脳のネットワーク再編)が大きく変化した結果と捉えやすくなっているのです。
もしこのメカニズムが人間でも類似しているのだとすれば、トラウマを受けた直後ではなくても、適切なタイミングや期間で睡眠を調整することで恐怖をやわらげる治療法につながるかもしれません。
一方で、人間にそのまま応用するには慎重な検証が必要です。
慢性的な睡眠不足は健康に大きなリスクをもたらすため、「どのくらいの時間・頻度・タイミング」で睡眠を削れば効果的か、といった具体的なガイドラインの確立が欠かせません。
それでも、新しい発想として「ある条件下で意図的に睡眠をコントロールする」という選択肢が増えれば、既存の治療法に加えてPTSDや不安障害に苦しむ人へ新たなアプローチを提供できるかもしれません。
今後は長期的な効果や他の治療との併用など、実際の臨床現場を視野に入れた研究がますます期待されます。
不眠症の人は無意識にそれをしている可能性もあるわけですね。