アルミニウム20は予想外の自己破壊原子だった
アルミニウム20は予想外の自己破壊原子だった / Credit:川勝康弘
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アルミニウム20は予想もできない自己破壊原子だった (3/3)

2025.07.28 22:00:51 Monday

前ページアルミニウム20の自己破壊過程

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『鏡』が壊れた?アイソスピン対称性の破れとは

『鏡』が壊れた?アイソスピン対称性の破れとは
『鏡』が壊れた?アイソスピン対称性の破れとは / Credit:川勝康弘

今回の実験で最も興味深いのは、「アイソスピン対称性の破れ」という現象です。

これは、原子核という非常に小さな世界で起こる、粒子同士のバランスの崩れを示す言葉です。

しかし、「アイソスピン対称性の破れ」と言われても、具体的に何が起こっているのか、すぐにはイメージしにくいかもしれません。

そこで、まずはこの対称性が何を意味するのかを簡単に見てみましょう。

原子核の中には「陽子」と「中性子」という2種類の粒子が存在しています。

この2つの粒子は「核子」と呼ばれ、強い核力という力で互いに引き寄せられています。

この核力は、陽子同士でも中性子同士でも、あるいは陽子と中性子の間でも同じように働きます。

つまり、核力の立場からすると、陽子と中性子はほぼ等価に扱われることになります。

こうした性質を反映して考えられたのが「アイソスピン対称性」という概念です。

この対称性によれば、陽子と中性子を入れ替えた「鏡」のような関係にある2つの原子核は、似たような構造とエネルギー状態を持つはずだという予測が成り立ちます。

例えば、今回のアルミニウム20(陽子13個、中性子7個)と、その「鏡像」に相当する核種として中性子過剰の20N(陽子7個、中性子13個)という原子核があります。

これらの原子核の構造やエネルギー準位は、陽子と中性子を入れ替えただけでほぼ同じになるだろうと考えられていました。

しかし、実際に今回の実験で測定されたアルミニウム20のエネルギー準位は、この理論的予想よりも低い値を示しました。

これは一体なぜなのでしょうか?

その秘密は、陽子と中性子が「ほぼ」等価とはいえ、実際には完全には同じではないという点にあります。

陽子は中性子と異なりプラスの電荷を持っています。

このため陽子同士は、お互いを電気的に強く反発し合います。

一方で、中性子は電荷を持たないので、陽子のような強い反発は起こりません。

つまり、原子核の中で陽子が増えるほど、陽子同士が反発する「クーロン力」の影響が大きくなり、核の構造がわずかに変化することになります。

このクーロン力の影響が特に強く現れるのが、「陽子が過剰に多い原子核」、つまり陽子ドリップラインを超えた原子核です。

アルミニウム20のような陽子過剰核では、陽子が原子核内に存在できるエネルギーの準位が通常よりもずれてしまいます。

この現象は「トーマス–エアマンシフト(Thomas-Ehrman shift)」と呼ばれ、非常に不安定な原子核で特によく見られる現象です。

陽子が多すぎる原子核では、クーロン力の反発が原因で、陽子が存在できるエネルギー準位が予想よりも低く歪んでしまうのです。

このエネルギー準位の歪みによって、アルミニウム20の基底状態(一番安定なエネルギー状態)の構造が、20Nの基底状態とは異なる状態になったと考えられています。

具体的には、20Nの基底状態は2⁻という量子状態であるのに対して、アルミニウム20の基底状態は理論的計算により1⁻という異なる状態であることが示されています。

同じように陽子と中性子を配置しているつもりでも、陽子同士の電気的反発というわずかな違いによって、原子核のエネルギーと内部構造が大きく変化してしまったわけです。

これが「アイソスピン対称性の破れ」と呼ばれる現象の本質です。

今回観測されたこの現象は、単なる理論の小さなズレというだけでなく、核物理学の根本にある理論の限界や改善の余地を示唆しています。

原子核という極めて小さな世界でも、わずかな電気的反発が大きな変化を生むというのは、直感的にも非常に興味深いことです。

また、理論の限界を明確に示すという点で、今回のアルミニウム20の発見は、核物理学者にとって重要な「挑戦状」ともなりました。

さらに、今回の発見によって、原子核というミクロな世界の対称性や安定性をめぐる議論がさらに活発になることも期待されます。

こうした新しい知見は、将来的には宇宙における元素合成の仕組みの理解を深めたり、まだ発見されていない新たな元素の探索につながったりする可能性もあります。

アルミニウム20という「生まれながらにして壊れる運命を背負った」原子核の発見は、私たちが原子核というミクロな世界をより深く理解し、その教科書を書き換える新たな一歩となるかもしれません。

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アルミニウム20は予想もできない自己破壊原子だった (3/3)のコメント

ゲスト

無理やり維持してみたくなる壊れっぷり。

ゲスト

煽情的な言葉を使えば科学が楽しく身近になるとでも思ってるんか?

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