「セックス後の余韻」には生物学的な理由があった

オキシトシンがカップルの間でどのように変化しているのか?
答えを得るため研究者たちは実際のカップルを対象に詳しい調査を行いました。
まず研究チームは、18~31歳の男女49組(合計98名)の参加者を募りました。
参加したカップルは、全員が恋愛関係にあり、交際期間は3か月以上で、平均すると約16か月でした。
彼らは排他的な交際をしており、いわゆる一対一の関係(モノガミー)を維持していました。
参加者は全員、ホルモンの分泌に影響を与えるような病気や薬物を使用していない健康な人に限られましたが、避妊のためのピルを服用している女性は含まれました。
参加者の人種や民族は多様でしたが、主に白人が多く、他にヒスパニック系、アジア系、アフリカ系の人たちも含まれていました。
次に研究チームは、参加したカップルそれぞれに対して、自宅で唾液を採取できる専用のキットを配布しました。
このキットを使って、参加者たちはパートナーと普段どおりに自宅で性行為を行い、その際のオキシトシン濃度の変化を詳しく追跡しました。
唾液を使った理由は、採取が簡単で負担が少なく、より自然に近い状況での測定が可能だからです。
具体的な実験方法は、以下のような手順で進められました。
参加者は、まず自宅でパートナーと性行為を行う前(行為開始の直前)に最初の唾液サンプルを採取しました。
その後、性行為を終えてすぐ(行為終了直後)に2回目、さらに行為終了20分後に3回目、そして行為終了40分後に4回目という計4回のサンプルを採取しました。
参加者が行った具体的な採取方法は「パッシブドゥルー法」と呼ばれ、専用のチューブに自然に唾液を流し込むという、非常に簡単で安全な方法です。
採取後のサンプルは、参加者自身が家庭用の冷凍庫で保存しました。
また、性行為の詳細な状況を記録するために、オーガズムの有無や前戯(キスやハグ、オーラルセックスなど)の種類、性行為の満足度などを自己申告でアンケートに記入してもらいました。
こうして採取された唾液サンプルは後日研究者が回収し、専門の研究機関で詳しい分析が行われました。
分析の結果、オキシトシンの濃度は男女でそれぞれ異なる変動パターンを示すことが明らかになりました。
女性の場合、性行為を行う前(つまり直前)にオキシトシン濃度が最も高まり、その後いったん低下したのち、性行為終了後40分のタイミングでもう一度高いピークに達するという興味深いパターンが観察されました。
これは、女性においては性行為への期待や精神的な準備が、ホルモン分泌に影響を与えている可能性を示しています。
一方男性は、女性とは全く異なるパターンを示しました。
男性では性行為前の濃度は比較的低めで、その後性行為が進むにつれてオキシトシン濃度がゆるやかに上昇し続け、終了後40分でピークに達しました。
つまり男性の場合、性的な興奮や触れ合いが積み重なって徐々にオキシトシンが分泌される傾向があるのかもしれません。
さらに、研究チームは男女のパートナー間でのオキシトシン濃度の同期現象についても詳しく調べました。
その結果、興味深いことに、性行為後20分および40分の時点で、パートナー同士のオキシトシン濃度に明確な相関関係が認められました。
言い換えると、この時間帯では、あるカップルでは二人ともオキシトシン濃度が高く、別のカップルでは二人とも低いというように、カップル内で濃度が同調している様子が観察されました。
この現象は、セックスの後に訪れるリラックスした「アフターグロー」と呼ばれる時間帯に、パートナー同士の間で生物学的なつながりが生まれている可能性を示しています。
一方で意外なことに、オーガズムを経験したかどうかは、このオキシトシンの濃度変化にあまり影響を与えませんでした。
分析結果によれば、オーガズムの有無が性行為後のオキシトシン濃度に統計的に有意な差をもたらすことはありませんでした。
これは、従来の研究でしばしば言われてきた「オーガズムがオキシトシンを大幅に増加させる」という見解に疑問を投げかける結果です。
むしろ、オーガズムよりも、性的行為やその後の触れ合いそのものがオキシトシン分泌に深く関係しているのかもしれません。
このように、今回の研究からは男女で異なるオキシトシンの分泌パターン、カップル間での生物学的な同期現象、そしてオーガズムとの意外な関連性についての新たな知見が得られました。