音を出さずに迫力を届ける方法とは

ライブ会場の「ドンッ」という重低音は、耳で聴くだけでなく体で感じる成分が大きいです。
とくに低い音は空気の圧力変化と、体の大きな筋肉や内臓に伝わる揺れが合わさって「響く感じ」を生みます。
しかし自宅で同じ体感を再現しようとすると、大きな音が近所迷惑になりやすいという問題が立ちはだかります。
重低音専用スピーカーは迫力がありますが、壁や床を震わせやすく、防音や設置スペースの負担も大きくなります。
そのため「音を大きくしないで体感だけ届ける」アプローチが注目されてきました。
これまでの代表例は、ベストや椅子に仕込んだモーターで振動を与えるデバイスです。
ただし振動デバイスは触れている一点が主に揺れるため、全身に広がるような「腹の底から来る感じ」を出しにくいという課題がありました。
ここで期待されているのが、筋電気刺激(EMS)という手法です。
EMSは筋肉に弱い電気刺激を与えて意図的に収縮させる技術で、リハビリやトレーニングでも使われています。
筋肉そのものが動くため、モーターで表面を震わせるのとは異なる「体の内側からの実感」を作りやすいと考えられます。
また、音をほとんど出さずに体感だけを提示できるので、集合住宅や夜間の鑑賞とも相性が良い可能性があります。
研究チームはこの特性に着目し、腹部の大きな筋群(腹直筋や腹斜筋など)に着ける小型のEMS装置で、重低音の「ドンッ」を静かに再現できるかを検証することにしました。
背景として、人は一般に触覚の立ち上がりを音よりわずかに遅く感じる傾向があるため、映像・音・触覚のタイミングを整えることも重要なポイントになります。
本研究の目的は大きく三つです。
第一に、EMSを使って「音を鳴らさずに重低音の身体感覚を提示する」コンセプトが実際に成り立つかを確かめること。
第二に、従来の方式(スピーカー+重低音専用スピーカーや身につける振動デバイス)と比べて、没入感やリズムの感じやすさなどがどの程度得られるかを評価すること。
第三に、初めての刺激でも使い続けるうちに慣れて評価が上がるのかという「慣れ」の効果を見極めること。