多くは対処する間もなく襲われている
今回紹介した症例の被害者は、決して「対処を誤ったから」クマからひどい攻撃を受けたというわけではありません。
秋田大学の調査(1995〜2017年の13例)や山梨県立中央病院の報告(2000〜2020年の9例)を見ると、ツキノワグマによる重傷被害は普段の生活や仕事の延長線上で発生していることがわかります。
たとえば秋田大学の13例では、被害が起きた主な状況は以下のようにまとめられています。
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畑仕事や農作業中(5例)
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山菜採りやキノコ採り(2例)
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釣りや川沿いでの活動(2例)
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林業作業や山中での作業(2例)
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自宅敷地や納屋周辺(2例)
被害の多くは日中(朝から夕方)に発生しており、自宅のすぐ近くや生活圏の畑、日常的に出入りする場所でクマと鉢合わせしてしまったケースが目立ちます。
また、山梨県の9例も同様で、
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山林での作業や登山(7例)
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自宅周辺や果樹園・飼料室での活動(2例)
と、やはり日常生活の一部や生活圏の中で突然被害に遭っているケースが含まれます。
そして被害のきっかけは、次のような状況だったとされています。
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出会い頭で突然襲われた
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作業に夢中になっていてクマの接近に気づかなかった
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農作物の収穫や下草刈り、納屋や倉庫の出入りなど普段通りの作業中
多くの被害例で共通するのは「出会い頭」の事故です。クマも本来は人を避けて行動していますが、突然の遭遇や至近距離での接触がきっかけとなり、クマが防衛本能からパニック状態で攻撃に転じることがほとんどです。
そのため、被害者の多くは、よく聞くようなクマと出会ったときの対策や防衛手段を取る暇もなかったと考えられます。
これはクマとの遭遇そのものが極めて危険であり、誰にでも起こりうる被害であることを示しています。
加えて、クマが食糧不足だったり、子連れ個体だった場合、防衛本能が強まり攻撃性が増すことも知られています。一度攻撃が始まれば、そのパワーとスピードは人間の想像を超え、ほんの数秒で重傷を負う危険性があるのです。
また実際のクマ被害の症例を見ていくと、その多くが顔や頭部に致命的な損傷を受けていることがわかります。これは決して偶然ではありません。
攻撃時クマは後ろ足で立ち上がり、前足の鋭い爪や強力な咬みつきで人間を攻撃します。こうした姿勢では、ちょうど人間の頭部や顔面がクマの前肢や口と同じ高さになります。
また、動物行動学の観点からも、クマを含む大型哺乳類は「相手の急所=顔や頭」を本能的に狙う傾向があります。顔には視覚や嗅覚、呼吸器といった生命維持に欠かせない器官が集中しているため、ここを攻撃することで短時間で相手の抵抗力を奪えるということをクマも理解しており、意図的に狙ってきます。
実際、今回紹介した論文でも、すべての症例で顔面の損傷が確認され、10例で顔面骨折、4例で眼球破裂による失明、頭蓋骨が露出するほどの頭皮剝奪や鼻や顎が丸ごと失われるなどの重傷が記録されています。さらに、顔を守ろうとする「防御行動」で手や腕を負傷する例も多く、四肢や体幹にも裂傷や骨折が併発しています。
このように、本州のツキノワグマでも顔面や頭部を狙う重篤な被害が日常的に起きています。
そして恐ろしいのは、被害者がクマと出会って不適切な行動を取ったからではなく、ほとんどは対処する間も無く襲われているケースが多いという点です。
そのため、不幸な被害をなくすためには、人とクマが生活圏で接触することがないように調整するしかないでしょう。