タチガシワの花は「傷ついたアリの匂い」を真似てハエを誘い出していた
世界中の動植物の匂い成分をまとめた「Pherobase」というデータベースで調べると、タチガシワの花の匂いと似ているのは、特に「アリ科ヤマアリ亜科(クロヤマアリなど)」であることが分かりました。
そして実際に現地でアリやカメムシなど38種を採集し、クモに捕食されたときに放たれる匂いを分析したところ、クモに捕食されたクロヤマアリやその近縁種が、タチガシワの花の匂いと酷似していることが分かりました。
さらに行動実験でも、クモに捕食されたクロヤマアリの匂いがキモグリバエを誘引することが確認されました。
以上の結果から、研究者は、タチガシワの花が「クモに襲われて傷ついたアリの匂い」を化学的に再現し、その匂いで特殊なハエ(キモグリバエ科)を効率よく呼び寄せていた、と結論付けました。
これまでの“擬態花”の多くは、見た目や匂いで他の花や果実、腐肉、虫のメスなどに化けるものでした。
しかし「アリが捕食される際に放つ特殊な匂い」を模倣した植物は、世界初の発見です。
キモグリバエたちは、普段はクモやカマキリが獲物(特にアリ)を仕留めた現場に飛来し、体液を横取りする生活をしています。
タチガシワは、そのキモグリバエの嗅覚を巧みに利用し、「傷ついたアリ」の匂いで「捕食の現場」を演出。
キモグリバエたちは「おこぼれにあずかれるチャンスだ」とばかりに花に集まり、結果として花粉を他の花へ運ぶ「送粉者」となるのです。
興味深いのは、タチガシワの花が腐肉臭やトラップ構造といった「典型的な擬態花の特徴」を持っていないことです。
見た目は地味で何の変哲もない花が、実は非常に巧妙な「化学的擬態」を使っていたわけです。
本研究は、タチガシワとキモグリバエというこれまで注目されてこなかった生物同士に、実は非常に精巧な相互作用が隠されていたことを明らかにしました。
この事実は、「特徴のない花にも、匂いという見落としがちな側面に注目すれば、まだまだ多様な戦略を発見できる」ことを示しています。