なぜ「水の信仰の産物」と言えるのか
研究者たちが水信仰との関係を強く示唆する最大の理由は、ヴィシャップ石の立地条件にあります。
ヴィシャップ石は、高山の泉、火山性のクレーターに水が溜まる場所、湿地、雪解け水の流れに近い場所など、水と深く関わる地点に多く見つかります。
人が定住していた痕跡が乏しい場所であっても、水だけはそこにあり、その水のそばに石柱が置かれている例が目立ちます。
次に注目すべきなのが、石柱の加工痕と設置状態です。
現在は倒れているものが多い一方で、ヴィシャップ石は尾の部分を除いて全面が彫刻・研磨されているという共通点があります。
もし最初から横に寝かせて置く意図だったなら、地面側になる面まで丁寧に磨く必然性は薄くなるため、この特徴は本来は直立して立てられていたことを強く示します。
そして、この研究で特に大きな意味を持ったのが、標高と石の大きさの関係でした。
常識的に考えれば、雪が長く残り作業できる期間が短い高地ほど、小型のモニュメントが選ばれるはずです。
ところが実際には、標高が高い場所にも大型のヴィシャップ石が少なからず存在し、高地だから小さくなるという単純な傾向は確認されませんでした。
研究者たちは、「作業できる期間が限られている高地であっても、あえて大きく重い石を運び、加工し、設置した」と考えており、ここには何らかの意図があったと分かります。
さらに分布を詳しく見ると、ヴィシャップ石の標高はなだらかに広がるのではなく、約1900メートル付近と約2700メートル付近の2つの帯に集まりやすい傾向が示されました。
研究者はこの二峰性の分布について、季節ごとの人の活動や移動のリズム、あるいは巡礼や儀礼のような行為と関係している可能性を述べています。
また、魚の形に加工されたタイプが高い標高帯に多い傾向が示されており、水そのものを象徴するイメージと立地が無関係ではないこともうかがえます。
年代についても重要な手がかりがあります。
代表的な調査地の1つであるティリンカタルでは、放射性炭素年代測定などの情報から、少なくとも一部のヴィシャップ石が紀元前4200〜4000年頃に建てられた可能性が示されました。
水のある場所のそばに、巨大な石をわざわざ運び、立て、磨き、動物の意匠を刻むという行為が繰り返された事実は、実用の目印だけでは説明しきれません。
そのため研究は、ヴィシャップ石の分布と労力のかけ方が、水をめぐる信仰や儀礼の存在を強く支持すると結論づけたのです。
約6000年前のヴィシャップ石は、水が命綱だった時代の人々が、水そのものを敬う気持ちを形にしたものだったのかもしれません。
そして、その信仰の痕跡は、今もアルメニアの山中に残っているのです。




























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