トランプ流ジェスチャーの科学
もしトランプ氏の代表的な写真をあげるとしたら、すくなくない人が「指差し」をしている画像を選ぶでしょう。
それほどまでに、トランプ氏と「指差し」はセットで見られることが多くなっています。
政治家が演説や討論会などの公式な場でジェスチャーを用いることは珍しくありません。
こうしたジェスチャーは、長らく「言葉を補う付随的な動作」とみなされがちでしたが、近年の研究ではむしろ「聴衆に与える印象の重要な要素」であると再認識されています。
たとえば、イギリスの議会討論での身振りやアメリカ大統領選挙のテレビ討論会に注目した先行研究によって、政治家が意図的に手の動きをタイミングよく利用し、発話内容を強調することで、支持者からの拍手や賛同を引き出している事例が多く報告されています。
特に、過去の討論会を素材にした研究では、右手でテンポよくリズムを刻む「ビート・ジェスチャー」や、指を揃えて相手を指し示す「ポイント・ジェスチャー」が、聴衆への説得やメッセージの強調にどのように機能しているかが分析されてきました。
では、なぜジェスチャーがこれほどまでに聴衆に強い影響を与えるのでしょうか。
一つの説明として、身体言語が脳の認知処理と密接に関連していることが挙げられます。
心理学の研究によれば、ヒトは視覚情報に対して極めて敏感で、話し手がどんなふうに手や腕を動かしているかを無意識的に読み取ることで、その人の真剣度や信頼性、または攻撃性や親しみやすさなどを素早く判断する傾向があります。
また、指差しなどの明確な指示的ジェスチャーは、聴衆の注意を瞬時に特定の対象へ向ける効果があることが知られています。
政治家が「あなた」「彼ら」「ここ」といった言葉と同時に指を向けると、聴衆は言葉と映像を結びつけ、より強く「誰が味方で、誰が敵で、今どこに注目すべきか」を体感的に理解しやすくなるのです。
こうした理解は感情レベルでの共感を促進し、熱烈な支持や強い反発といった反応を生み出す要因となります。
今回の研究で中心的に扱われたのは、2016年4月18日にニューヨーク州バッファローで開催された、ドナルド・トランプ氏の大規模選挙集会の映像です。
予備選挙期間中でも注目度が高い時期に行われ、会場には1万人を超える聴衆が詰めかけました。
この選挙集会の様子は、オンラインの動画プラットフォームやニュースサイトでも配信されており、演説の長さは約60分。
本研究では、この映像全編を対象として、トランプ氏のジェスチャー、特に「指差し」に関するあらゆる動作を詳細に記録・分析しています。
映像分析にあたり、研究チームは「ジェスチャーファースト」と呼ばれる手法を採用しました。
これは、まずスピーチ全体を通して現れるジェスチャーの種類や動きに注目し、そこからどのような言語表現(単語・フレーズ)と結びついているかを追跡するアプローチです。
具体的には、手で指し示す動作の有無とその方向(外向き・内向き・上向き・下向き・複雑形)に着目し、それぞれが話し手の発話内容(「私」「あなた」「ここ」「この国」など)と同時にどのように現れるかを、フレーム単位で検証しました。
結果、興味深い事実が判明します。
(1)外向きの指差し
基本的な方向指差しの中で最も多かったのが、体の正面から外側に向ける「外向きの指差し」(29回)で、全体の3〜4割を占めていました。
特に二人称(“You”や“あなた”)を使う場面や、抗議者・メディアといった第三者を明示的に攻撃・揶揄する場面で頻出しました。
これにより聴衆は、敵対対象や注目すべき対象を視覚的に共有しやすくなり、熱狂や共感が生まれやすくなると考えられます。
「あなたたち」という呼びかけとともに指を大きく振り回す動作は、聴衆を巻き込み、感情的に煽る効果を持つ可能性があります。
(2)内向きの指差し
次に特徴的だったのが、自分自身の胸元に向ける「内向きの指差し」(13回)で、全体のおよそ1〜2割ほどを占めていました。
回数としては外向き指差しより少ないものの、「自分」を強調する場面で集中的に使われていました。
これは「自分こそが当事者」という強い自己強調の意味合いがあり、他者と自分を対比する文脈や、自身への支持を求める訴えを行う際に効果的に機能していると考えられます。
また胸に指先や手のひらを当てる形で、誠実さや熱意を視覚的にアピールする動作が多くみられました。
特に「私は約束を守る」「私には特別な力がある」などの主張時に、胸を強めに叩くようにして行うケースが顕著であり、印象的な自己言及となっているようです。
(3)下向きの指差し
「下向きの指差し」(26回)は、場所を示す表現(“Here”や“この国”“バッファロー”など)と結びついているケースが際立ちました。
地面や舞台を指すことで「この場にこそ意味がある」「地元との結束を示す」という視覚的メッセージを強調し、聴衆に「(自分がいる)この場を重視している」「自分たちの地域を取り戻す」といった訴求力を高める手段として、足元やステージを指し示す場面がしばしば観察されました。
このような下向きの指差しは、聴衆が“自分たちの場所”への帰属意識を強める効果が推定されます。
(4)上向きの指差し
「上向きの指差し」(5回)は総数としては少ないものの、将来的なビジョンや高さを強調する表現(例:「壁の高さをイメージさせる」)などで使用されていました。
集会の興奮が高まる中、聴衆の注意を“上へ”向けることで、壮大なイメージや大きな目標を示す意図が見られます。
他にも「大きな構想」「未来」「天を仰ぐようなモチーフ」など、やや抽象性の高い話題を扱う際に現れることが多くなっていました。
(5)複雑な指差し動作
前述のようなシンプルな方向指差しに加え、約22%を占める“複雑な指差し”も注目すべき要素として報告されています。
具体的には、ホッピング(指を連続的に移動させる動き)やコイル(円を描くように手を回転させつつ指差す動き)といったバリエーションがありました。
ホッピングは数字や時系列を強調したい場面で特に使われ、左から右への順序立った指差しによって、過去から未来へ、または小さい数から大きい数へと変化するイメージを明確に示唆していました。
またコイルは、繰り返しの強調や「私たち(We)」を包み込むような包括感を表す際に使用され、発話のダイナミックな盛り上がりとシンクロしていました。
(6)会場の反応
他にも映像を通して、会場での聴衆の反応や雰囲気との関連も、いくつか興味深いパターンが見受けられました。
もっとも興味深いのは拍手・歓声との同調です。
トランプ氏が「あなたたち」と呼びかけながら外向きに指を振りかざすとき、聴衆の歓声や拍手が一斉に高まる場面が多く観察されました。
これにより、演説者との一体感が形成され、会場全体が連帯する空気が作り出されると推定されます。
また時折、特定の聴衆をピンポイントに指差しながら微笑む、あるいはうなずくという動作が捉えられ、聴衆との“対面コミュニケーション”を強く演出する役割を果たしているようです。
こうした瞬間には拍手や笑い声が起こることもあり、軽快な“ショー的”な要素として機能している可能性があります。
そして「メディアは嘘つきだ」「対立候補は信用できない」といったネガティブな発言中に外向き指差しが行われると、聴衆からはブーイングや嘲笑が起こり、会場全体の熱気が高揚する様子が見られました。
このような敵対感情を可視化するジェスチャーが、ポピュリスト的な“敵味方の二極化”を強化しているとも考えられます。
今回の分析から、トランプ氏の演説において指差しが頻出し、方向と対象となる言語表現・文脈が密接に結びついていることが定量的・定性的に示されました。
外向き・内向き・下向き・上向きという基本的なパターンは、それぞれ異なるレトリック目的や心理的影響を持ち、特に外向き指差し(他者や聴衆)と内向き指差し(自己強調)の使い分けが顕著です。
また、指差しのタイミングと会場の反応が連動している場面も少なくなく、聴衆の感情や注意を操作する効果が実際に生じていると推測されます。
ただし、どのような心理的メカニズムがそこに働いているのかについては、次節でより詳細に分析・考察します。
そこでは、ポピュリスト的文脈や認知心理学的理論に基づき、トランプ氏のジェスチャーがどのように支持や対立、興奮を導き出すのかを掘り下げていきます。