遺伝子欠陥による「多肢症」という病気
6本足のガゼルが見つかったのは今年3月下旬のこと。
陸軍予備兵のニル・ライヒター(Nir Leichter)氏が、イスラエル南部にあるネゲヴ砂漠のナハル・ハバショル自然保護区(Nahal HaBashor nature reserve)にコーヒー休憩のために立ち寄った際に、偶然目撃したといいます。
本種は主にイスラエルに生息する「マウンテンガゼル(学名:Gazella gazella)」という種で、平原の他に丘陵地帯や急峻な場所に住むことから、この名前で呼ばれるようになりました。
ライヒター氏は「背中に奇妙なものがついている」ことに気づき、持っていたカメラに収めました。
そのガゼルがこちらです。
ライヒター氏は撮影した画像をイスラエル自然保護協会(SPNI)に送りました。
それを見た同団体のアミール・バラバン(Amir Balaban)氏は非常に驚き、直ちに現地を訪ねて調査を開始します。
そしてすぐに問題のガゼルを見つけることに成功し、背中に生えた奇妙な異物が2本の未熟な足であることを確認しました。
バラバン氏によると、このガゼルは2021年頃に誕生したオスの個体と見られ、背中に生えた2本の足は「多肢症(Polymelia)」という病気の結果だと説明します。
多肢症とは、通常の個体より手足が余分に形成されてしまう先天性の遺伝子疾患です。
この病気は何らかの遺伝的な欠陥が原因となって、母親の胎内での発生過程で余分な手足が形成されてしまいます。
また余分に生えた手足は正常には発育せず、他の健康な手足のようには機能しません。
バラバン氏は「多肢症は牛や鳥、爬虫類で多く見られていますが、マウンテンガゼルでこの症例が確認されたのは世界で初めて」と説明。
その上で「このガゼルは予想に反して、健康でたくましく成長しており、側に3頭のメスを従えて、その間にできた子供のガゼルと一緒に暮らしており、背中の足が問題になっている様子もまったく見られない」と述べました。
しかしこの6本足のガゼルは絶好調でも、マウンテンガゼルの種そのものは危機に瀕しています。
国際自然保護連合(IUCN)が定めるレッドリストでは、絶滅の危険性が高いグループに分類されており、野生で生き残っている個体数は全部で5000頭ほどと推定されています。
マウンテンガゼルは大人の個体でも体長1メートルとガゼル類の中でも小さいです。
そのため、同じ地域に生息する野犬やキツネ、ジャッカル、イヌワシ、アラビアオオカミなどの捕食者から常に狙われており、一部地域では捕食による個体数の減少が問題視されています。
またイスラエル・テルアビブ大学(TAU)が2020年に報告した研究では、天敵による捕食の他に、人為的な密猟や生息地の分断、車に轢かれる事故なども個体数減少の脅威となっていることがわかっています(Oryx, 2020)。
それから6本足ガゼルの見つかったネゲヴ砂漠の近くでは現在、イスラエルとガザの戦争が続いており、戦争の影響からマウンテンガゼルを守るためにもより一層の保護活動が必要とのことです。