匂いの感じ方は「言葉」によって変わる!
匂いは一般的に鼻の中に取り込まれた化学物質によって知覚されます。
空気中に漂う匂い分子が鼻腔内に入って嗅細胞を刺激すると、電気シグナルが発生し、それが大脳に到達することで匂いの感覚が生じるのです。
しかしそれと同時に、主観的な匂いの感じ方は「言葉による思い込み」の影響を強く受けることが指摘されています。
例えば、レモンの香りを「これはレモンです」と言われて嗅ぐ場合と、「これはライムです」と言われて嗅ぐ場合では受ける印象が大きく変わると考えられるのです。
このように言葉が知覚に及ぼすメカニズムを解明することは、私たちが世界をどのように認識しているかを理解する上でとても大切です。
しかしながら今までのところ、言葉のラベリングが匂いの感じ方に与える影響や、脳内における匂いの情報処理にどんな影響を与えるかについてはあまり研究が進んでいません。
そこで研究チームは、言葉のラベリングによって主観的な匂いの感じ方がどう変わるのかと、匂いの感じ方と密接に関係するといわれている「一次嗅覚野」という脳領域を調べることにしました。
調査では37名の健康な被験者(平均22.9歳、男性26名、女性11人)を対象に、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使って「一次嗅覚野」の脳活動をリアルタイムで計測しながら、次の実験を行いました。
まず被験者に何の匂いであるかを伏せた状態で、ある一つの匂いを提示します。
その一つの匂いに対して異なる思い込みを生じさせるために、その匂いの名前として違和感のない2つの言葉のラベリングを提示しました。
ここでは、メントールの匂いに対して「ミント」か「ユーカリ」とラベリングしています。
さらに実験では被験者に対し、「ミント」と「ミント」というように同じラベリングをした2つのメントールを連続で嗅がせるか、あるいは「ミント」と「ユーカリ」というように異なるラベリングをした2つのメントールを連続で嗅いでもらい、その2つの匂いがどれくらい似ているかを主観的に評価してもらいました。
その結果、とても面白いことに、同じラベリングがされた場合は匂いが互いによく似ているを報告されたのですが、異なるラベリングがされた場合、匂いは同じでも大きく異なる匂いに感じると報告されていたのです(上図の左下)。
実際に嗅いでいる匂いはメントールで同じはずなのに、「ミント」「ユーカリ」と違う言葉で提示されただけで、本人は違う匂いに感じてしまったのです。
確かに似た匂いの名前を見せられたら、その匂いを勘違いするということはあるかもしれません。しかし、同じ匂いを嗅いでいるのにラベルを変えるだけで違う匂いに感じてしまうということは、私たちの匂いの知覚が言葉によって大きな影響を受けることを証明しています。
では、このとき脳内ではどのような活動がみられたのでしょうか?
fMRIによる実験中の「一次嗅覚野」の脳活動では、同じ匂いに対して2つの異なる言葉のラベリングが与えられた場合、一次嗅覚野の活動パターンが通常と変化していることがわかりました(上図の右下の赤と緑が活動パターンの変化が見られた部位)。
さらに嗅覚野以外の脳領域も合わせて調べた結果、一次嗅覚野は言葉のラベリングの影響を受けるときに、言葉や記憶の処理に関わる脳領域と連携して機能していることが明らかになったのです。
このことから、言葉の影響は、一次嗅覚野の働きに対して影響を与えていることが確かめられました。
本研究の成果は、私たちの脳が知らず知らずのうちに「言葉による思い込み」の影響を強く受けていることを示す証拠です。
私たちが日々感じている匂いや味や音などはすべて、”言葉の色メガネ”を通して知覚されているのかもしれません。