卵子は「捕食者」のような動きがあった

研究グループはまず高精度の観察装置を用いて、卵子と精子が“出会った瞬間”の細胞表面を詳しく調べました。
すると、精子が卵子に触れた直後、卵子の表面に林立する無数の細かい突起(微絨毛)が、まるで「触手」のように精子の頭部へと向かって集まり始める映像が捉えられたのです。
研究者たちは、この卵子側の微絨毛が突き出して精子を取り囲む現象を「オーサイト・テンタクル(直訳で卵母細胞の触手という意味)」と名付けました。
顕微鏡の映像をよく見ると、細かい毛のようだった微絨毛がぐいっと伸びながら膜を広げ、精子をすっぽり包み込んでいく様子がはっきりと確認できます。
さらに解析を進めると、オーサイトテンタクルが形成された後には、卵子が精子を抱え込むように細胞質の内側へ取り込む“第二段階”の動きが起こっていることがわかりました。
研究チームはこの動きを「SEAL」と名付けています。
SEALとは「Sperm Engulfment Activated by IZUMO1–JUNO Linkage」の略称で、直訳すると「IZUMO1とJUNOの結合によって引き起こされる精子の吞み込み(抱え込み)」という意味合いです。
実際に観察された卵子の動きは、まるで免疫細胞が細菌を“パクッ”と取り込むような“食作用”を連想させるもので、研究者たちも「卵子が精子をまるでエサのように捕らえている」と評するほどでした。
言い換えれば、私たちが普通「受精」と聞いて思い浮かべる“二つの細胞が合体する”図式だけではなく、卵子自身が能動的に“精子を呑み込む”という意外なプロセスが進行していたのです。
では、何が合図となって卵子はこの“捕食”にも似た行動を起こすのでしょうか。
詳細な実験から見えてきたのは、先に挙げた7種類の配偶子融合因子のうち、特に精子側の6種(SPACA6、TMEM95、FIMP、TMEM81、DCST1、DCST2)が協力し合って初めて、このSEALという第二段階の取り込み反応が完成する、という事実でした。
一方、第一段階であるオーサイトテンタクルの形成には、精子側の「IZUMO1」と卵子側の「JUNO」、そして卵子の微絨毛形成を支える「CD9」がそれぞれ不可欠であることもわかっています。
つまり、受精前後には大きく分けて二つのステップが存在するのです。
まず(1) IZUMO1とJUNOが結合し、CD9によって支えられる卵子の微絨毛が触手のように精子にまとわりつく“オーサイトテンタクル”ステップがあり、その後(2) 残りの融合因子群が一斉に働いて精子を抱え込み、卵子内に呑み込む“SEAL”ステップが続く――という二段階構成と考えられます。
こうした一連の現象を可視化し、さらにどの分子がいつ・どのように働いているかを検証するためには、多数の遺伝子改変マウス(たとえばCD9を欠損させた卵子や、SPACA6やTMEM95を持たない精子など)を作り出し、あらゆるパターンで卵子と精子を交配させて観察するという、地道かつ大掛かりな実験が欠かせませんでした。
実際、CD9遺伝子を欠損した卵子は十分なオーサイトテンタクルを作れず、その結果、正常に受精できないことが示されています。
このように、各種タンパク質の役割をひとつずつ丁寧に検証していくことで、卵子と精子の接触から融合に至るダイナミックな動き――触手の形成と、いわば“丸呑み”とも呼べる取り込みの全容が明らかになったのです。
研究代表者のひとりである静岡大学農学部の齋藤貴子助教は、
「受精の瞬間を捉えるのは技術的にもタイミング的にも非常に難しく、特に卵子は中が透けて見えないので、どうやって精子を取り込み始めるのか詳しくわかりませんでした。今回の成果は、多数の変異マウスを用いた試行錯誤と撮影手法の改良の積み重ねから生まれたもので、新たな視点で受精を理解する大きな一歩になったと考えています」
と振り返っています。
こうした地道な研究の積み重ねが、“生殖の神秘”とも呼ばれる受精現象の新しい一面を照らし出し、卵子が受精相手である精子をまるで捕食するかのように取り込む――という想像を超えたドラマを解き明かしてくれたわけです。