Credit:Canva
psychology

「前向きな言葉がしんどい…」無理なポジティブ思考をやめた方が楽な理由 (2/2)

2025.05.17 11:30:30 Saturday

前ページ前向きな言葉がつらく感じてしまう人

<

1

2

>

自己肯定感の低いに「前向き言葉」効果なる

実験の結果では、自己肯定感高いでは「いる」というフレーズ唱えることわずか気分改善しました。

しかし、自己肯定感低いでは逆に気分悪化していました

研究者たちその理由として、自己肯定感低いこの言葉自分現実比較しまい、『自分そんなにていない感じしまうからだ」分析ています。

さらに、否定考え浮かぶことで、自分ポジティブことすらないダメ人間なのでは」という悪循環陥ること示唆した

この現象は、心理想起の容易さ効果(ease of retrieval effect) 呼ばれる考え方関連ています。これはある考え記憶について考えようとしてもイメージが上手く作れないときは「自分その特性ないだ」感じすくなるというものです

これにより自分が「思い通り前向き考えない」こと自体が、さらなる自信喪失引き起こしてしまうのです

ウッド博士研究は「ポジティブ自己暗示必ずしも万人良いない」こと明確示しています

Credit:ナゾロジー編集部,OpenAI

そのため特に自己肯定感低いは、無理前向き言葉繰り返すよりも、ありのまま自分受け入れる「自己受容(self-acceptance)」や、自分責め思いやり持つ「自己コンパッション(self-compassion)」有効と考えられるのです

最近、SNSネット掲示板などでは「生きてるだけ偉い」といった言葉多く共感集めていますが、この現象もこれら研究報告深い関連あります。

自己肯定低いが「素晴らしい人間だ」「とてもよく頑張っている」など強い肯定言葉繰り返すと、自分現実増すだけになってしまいますこれ自己不一致フィードバック(self-discrepant feedback)」ともれるものです

一方で「生きてるだけ偉い」というメッセージは、自分に対して高い目標成果求めせん。

  • 仕事できなくいい」

  • 誰か助けなくいい」

  • 今日できなくも、生きいるだけ十分」

という存在そのもの認める言葉あるため、自己肯定低い受け入れすく、むしろ安心与えることできます。

これがいわゆる自己受容(self-acceptance)」呼ばれる考え通じるもので、ありのまま自分そのまま認めること安定保つ方法なのです。

生きてるだけ偉い」という言葉まりは、過度ポジティブ思考ないにとっての、優しい“現代セルフケア”言えるかもせん。

<

1

2

>

「前向きな言葉がしんどい…」無理なポジティブ思考をやめた方が楽な理由 (2/2)のコメント

ゲスト

とても共感できる話だが、ネットで濫用される「生きているだけで偉い」はそういう楽な言葉で逃避している集団(自分も含む)が都合の良い言葉で甘えているだけに見えて、むしろ嫌な気持ちになる。
有名な漫画キャラクターの「俺はこれまで頑張ってきた!俺はできる奴だ!」という自身を鼓舞する台詞があるが、この台詞が人気を得たのは(自分にはとても真似できないが)楽な言葉に逃げず、辛い現実に立ち向かおうとする姿勢が支持を集めたのだと思う。

AdgjmpX@egjldnkk

ゴミみたいな内容。価値無し。時間の無駄。何の解決にもなってない。的外れな回答

ゲスト

何を言っても落ち込む人は落ち込みますから、そこは何も言わずにただそばにいてあげればよろしい。
ターミネーター2でもサラ・コナーが言ってたでしょう?
ジョンの親になろうとしてくれた男は山ほどいたけど、その誰にもジョンは心を開かなかった。そのジョンが今心を開いているのはかつて彼を殺すために私やカイルを付け狙った機械と同じ存在。彼は何も言わず何も求めずただジョンのそばにいて彼の脅威をすべて排除する。ジョンが求めていたのは理解でも同情でもなくどんなときでも自分の側にいてくれる存在だったのだ。
これはジョン・コナーに限らないですからね。
サラ・コナー自身もディレクターズカット版では妄想の中のカイルに寄り添ってもらっていたわけですから。
どんなときでもそばにいるっていうのは実際はかなり難しいので。

ゲスト

早く安楽死が認められる世の中になってほしい。
去り際も死に際も
自分で決められるうちに
自分で選択てきるうちに

ゲスト

私も恐らく自己肯定感が低い場合が多い方だと思うのですが、ここで書かれる過度なポジティブ思考は合わなかったです。しかし、「何かができなくてもいい」と言うのも、自分にできないことがある事実が嫌で合わず。

自画自賛している時のような、視野の狭い状態でいる時は自分を褒めち切れたり、褒め言葉や励ましを受け入れられるのですが。

他人から褒め言葉や励ましの言葉をかけられた時は、できない理由にできる記憶が思い浮かんで、救いようがないですが「相手はお世辞を言っているのだろう」「無理をして私のような人間に言葉をかけているのではないか」と考えてしまいます。視野の狭い状態の時は、ただ嬉しいので喜べますが、そうでない時は複雑で微妙な気持ちが顔に出てしまって、「ありがとうと感謝して受け取らねばならない」「せっかく声をかけてくれているのにこんな対応にしかならない」と自分が如何に社会の底辺みたいな対応をしているかというところを責めてしまいます。

ここでは自分にかける言葉として書かれていますが、他人から言われた時は特にそう思うことが多いので、白い嘘で頑張って笑って誤魔化します。

ゲスト

「生きてるだけで偉い」
自分では抱えきれないほどの
悩みや苦しみや悲しみから
自ら 死 という選択をした人、
そして、その人に親しい方々にとっては
侮辱の台詞でしかないですけどね。

偉いとか、偉くないとか
そういう次元の問題なのですかね?
とても疑問に感じます

ゲスト

絶対に人生には谷がありどん底を味わう時があります。その時に頼れるのが何かなのか、おそらく頼れる人がいなくて一人で悩んでいる人がほとんどかと思います。谷にいる時にどのように這い上がっていくのか、孤独感をどのように克服していくのか、ウェルビーイングの世界では達成できないのかもしれません。

コメントを書く

※コメントは管理者の確認後に表示されます。

0 / 1000

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

心理学のニュースpsychology news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!