Point
■我々の世界には、物質と反物質が存在していると言われるが、さらにこれらと鏡合わせの対称性を持った鏡像物質(ミラーマター)が存在すると言われている
■鏡像物質は、理論上、物理学の4つの力の内、重力以外とは相互作用を持たない、そのため見えない重力源である「暗黒物質」の正体とも言われている
■この不可解な鏡像物質の存在を、中性子の寿命の謎を利用して明らかにしようという実験が、現在計画されている
量子論によると、我々の世界には鏡合わせの見えない並行世界が存在しているという。
ラノベの設定でも垂れ流してんの? と言いたくなってしまうが、それを真面目に研究している物理学者は大勢存在している。
こうした考え方は、鏡に写した場合の量子現象が実は現実の物理法則と異なって見えるという問題から生まれたものだ。
この場合、我々の世界とは鏡合わせに左右が反転した鏡像の粒子が存在することになる。それを物理学ではミラーマターと仮定している。
そんなものがあるとして、どうやって証明するんだ? という感じだが、実は今、鏡の並行世界の存在を証明しようという物理実験が計画されているのだ。
この研究について理解するためには、「ミラーマター」と「中性子の寿命の謎」について理解する必要があるだろう。この記事では、この2つの問題について解説していく。
この研究に関する論文は、現在コーネル大学arXivに掲載されており、一連の実験を今年の夏オークリッジで実行することが計画されている。
https://arxiv.org/abs/1710.00767
鏡合わせの並行世界を作る「ミラーマター」とは?
鏡像物質(ミラー・マター、またはアリス・マター)とは、物理学における対称性の問題から生まれた理論上の物質だ。
物理学の対称性とは、ある変換をしても現象や法則に変化が無いということを意味する。
例えば、バスケットボールをドリブルしている映像を逆再生した場合を考えてみよう。ボールの運動だけに着目した場合、通常再生と見分けることは難しいだろう。これは時間に対して物理法則が対称性を保っているためだ。
同じことを今度は鏡に映してやってみよう。鏡に映るドリブルと実際にドリブルしているボールの運動に違いはあるだろうか? やはり無いように見える。この場合、鏡像の関係でも物理法則は対象性を保っていると言えるのだ。
だが、本当に鏡に映る世界は、我々の現実と物理法則が一致しているのだろうか?
実はこれが違っていた。鏡の世界では電磁石の磁極が逆になってしまうのだ。
これはコバルトの核分裂から発見された問題である。
コバルトが核分裂を起こすとき、極低温だと原子核からは電子がN極に向かって揃って放出される。この現象は鏡に写すと鏡像として成立しなくなってしまうというのだ。
こうした問題はパリティ対称性の破れと呼ばれる。この問題は、世界の粒子全てがパリティの反転した鏡像のパートナーを持っていると仮定して理論の拡張をすると解決できる。こうして登場したのが鏡像物質という新しい素粒子だ。
釈然としない部分もあるかもしれないが、物理学には計算する都合上、どうしても必要となってくる粒子というものがある。ほとんどの粒子はそうした計算の都合で予言され、最終的には予想通りに発見されている。
鏡像物質はまだ発見されてはいない。もし見つかれば、現実世界に存在する粒子・反粒子全てに対して反転して存在することになるので、世界を構成する粒子の種類は一気に2倍に膨れ上がってしまう。物理学者たちにとっても、できれば事実であってほしくない物質かもしれない。