イカの記憶力は死ぬまで衰えない?
私たちヒトは年齢を重ねるごとに、特定の時間と場所で経験した出来事を記憶する能力が低下していきます。
たとえば、「先週の火曜日の晩ごはんは何だったか」などです。
これは「エピソード記憶」と呼ばれ、脳の海馬(hippocampus)が衰えることが原因とされています。
ヒト以外の哺乳類でも、エピソード記憶に類似した記憶力は低下します。
一方で、生物の中でも優れた記憶力を誇るイカではどうなのか、これについては分かっていませんでした。
イカの寿命は1〜2年と短いため、加齢による記憶力の低下を調べるにはうってつけの生物です。
そこで、ケンブリッジ大学(University of Cambridge・英)、ウッズホール海洋生物学研究所(MBL・米)、カーン大学(University of Caen・仏)の研究グループは、24匹のヨーロッパコウイカ(学名:Sepia officinalis)を対象に記憶テストを行いました。
24匹のうち、半分は生後10〜12か月のまだ成熟していない個体、もう半分は生後22〜24か月の人間でいうと90代に相当する個体です。
実験では、まず、水槽内の特定の場所に白と黒の旗をそれぞれ立て、そこにイカが近づくよう訓練します。
その後、両方の旗をしばらく揺らし、特定の時間をおいた後で、一方にあまり好みでない小エビ(king prawn)を、もう一方に大好物の小エビ(grass shrimp)を設置しました。
これを4週間繰り返します。
この準備を終えた後、いつ、どこで、どちらの小エビが手に入るかをイカが思い出すかどうかテストしました。
ただパターンを覚えただけではないことを確認するため、2つの旗は毎日異なる場所に設置しています。
テストの結果、すべてのイカは、年齢に関係なく、それぞれの旗に最初に置かれるエサを注意深く観察し、その後の旗振りのたびに、どちらの餌場に行けば好物が得られるかを判断していたのです。
研究主任のアレクサンドラ・シュネル氏は「驚くべきは、筋肉の機能や食欲の低下など、他の老化の兆候が見られるにもかかわらず、加齢によって記憶力がまったく失われないことでした。
イカは老いも若きも、いつ、どこで、何を食べたかを覚えていて、それを未来の採餌の判断材料にしていたのです。
この能力は、野生下で誰と交尾したかを覚え、同じ相手に戻らないようにするのに役立っているのではないか」と述べています。
イカは人生の最後にしか交尾しません。
誰と、どこで、どのくらい前に交尾したかを覚えておくことで、できるだけ多くの相手と交配し、自分の遺伝子を広く残せるのだと考えられます。
イカには海馬がなく、脳の構造も人間とは大きく異なります。
イカの学習や記憶力をつかさどるのは、「垂直葉系(vertical lobe)」という脳領域です。
シュネル氏は「この領域が死の2〜3日前まで劣化しないことから、エピソード記憶は老化の影響を受けないのでしょう」と指摘します。
イカの意識は、死の直前まで鮮明に生き生きとしているのかもしれません。