ウンチを養分に変える「森のトイレ」?
植物は一般に、根っこを通して土から窒素や炭素などの栄養分を取り込みます。
しかし、土壌が痩せていたり栄養分に乏しい場所だと、植物はまともに生きていけません。
そこで捕獲した昆虫から栄養素を摂取する「食虫植物」が進化してきたのです。
その中でも代表的なウツボカズラ属(Nepenthes)は、東南アジアの熱帯雨林に広く分布し、丸く膨らんだ捕虫袋を最大の武器とします。
フタに当たる葉っぱから分泌された蜜で昆虫を誘い、寄ってきた虫たちが足を滑らせて捕虫袋に落ちると、底に溜まった消化液で溶かして栄養分を吸収するのです。
ところが、ボルネオ島の高地に分布するウツボカズラの中には、キネズミ(treeshrew)の落としたフンから栄養素を摂取する種がいくつか存在します。
この事実が最初に発覚したのは2009年のことで、ウツボカズラに寄ってきたヤマツパイ(mountain tree shrew)の観察から判明しました。
ヤマツパイとは、登木目(Scandentia)に分類される小型哺乳類で、東南アジアの熱帯雨林に生息し、樹上性で細身のリスのような見た目をしています。
彼らは頻繁にウツボカズラを訪れ、フタ状の葉っぱの蜜を舐めとった後、捕虫袋の穴の中にウンチをしていくのです。
その見た目や形状から、ウツボカズラをトイレだと思っているのかもしれません。
さらにその後の調査で、コウモリやメグロメジロといった鳥類も同様の行動を取ることが分かりました。
こちらはボルネオ島で撮影されたヤマツパイがウツボカズラの蜜を舐める様子。
また、ウツボカズラが動物のフンを栄養源にするよう適応した理由は、高地に餌となる昆虫が少ないためです。
実際、フン食のウツボカズラは山頂などの高地にのみ分布し、低地には普通に昆虫を食べるウツボカズラが生えています。
しかし一方で、この戦略が昆虫食に比べてどれほど効果的なのか、あるいは栄養価に劣るのかは調べられていませんでした。
そこで研究チームは、ボルネオ島にあるキナバル山・タンブユコン山・トラスマディ山の3つの山頂から、フン食のウツボカズラ8種の組織サンプルを採取(すべて標高2200メートル以上の高地に位置)。
その中に含まれる「窒素15」と「炭素13」の保有量を調べ、それを低地に自生する昆虫食のウツボカズラ、および同地に共存している普通の植物(根っこから栄養分を吸収)と比較しました。
その結果、ウツボカズラはフン食と昆虫食ともに、普通の植物に比べて窒素15の含有量が多く、さらにフン食に適応した種では、昆虫食の種に比べて窒素15の含有量が2倍以上も多かったのです。
このことから研究者は「フンの収集は明らかにウツボカズラにおける効果的な栄養摂取の戦略になっている」と指摘しました。
ヤマツパイを始めとする動物たちは、ウツボカズラを「蜜を得られる都合のいいトイレ」くらいに思っているかもしれませんが、ウツボカズラの方も彼らが落としていくウンチから大きな利益を得ているようです。