壊滅寸前に追い込まれた島オオカミたち
物語の舞台はアメリカとカナダを横断する五大湖の一つ、スペリオル湖に浮かぶ最大の島「アイル・ロイヤル」です。
アイル・ロイヤルは全長73キロ、最大幅14キロの島で、ミシガン工科大の研究チームは1950年代から在来の島オオカミを追跡し研究してきました。
しかし研究チームが追跡していた島オオカミのコロニーは狩りの成績が悪く、群れの状態も散々なものでした。
さらに1980年代に犬パルボウイルスが大流行し、島オオカミの個体数は50頭から12頭に激減します。
80年代の末までに感染症は終息しましたが、島オオカミの数は回復しませんでした。
というのも生き残ったオオカミは近親関係にあり、繁殖しても遺伝的多様性に乏しく、脆弱だったためです。
チームは後に、当時のコロニーに属する多くの個体が背骨に形成異常を起こしていたことを発見しました。
イヌ科の背骨の異常は痛みを伴ったり、運動能力に支障をきたす恐れがあります。
またアイル・ロイヤルは本土からほぼ完全に隔離されていたため、本土のオオカミが入ってくる余地がありません。
こうして島オオカミのコロニーは壊滅寸前に追い込まれたのです。
氷の橋を渡ってきた1匹の英雄
ところが1997年に、アイル・ロイヤルとカナダ本土を一時的につないだ長さ24キロの氷の橋が運命を一変させます。
その橋を渡って1匹の雄オオカミがアイル・ロイヤルにやって来たのです。
氷の橋は毎年できるわけではなく、できても数日しかもたないことも多いため、本土のオオカミがこの氷の橋を渡ることができたのは奇跡的でした。
この雄オオカミを研究報告上では「M93」として識別されていますが、研究チームは親しみを込めて彼を「The Old Gray Guy(=灰色の老爺)」と呼んでいます。
これはM93の毛皮が年を重ねるにつれて灰色に変わっていったためです。在来の島オオカミには見られない特徴だといいます。
M93はアイル・ロイヤルに到着後、すぐに島オオカミのコロニーに加わり、群れを率いるリーダー(アルファ・オス)となりました。
大陸育ちのM93は在来の島オオカミよりも遥かに大柄で、縄張りを守ったり、彼らの8倍の重さがあるヘラジカを狩る能力に長けていたからです。
そして最も重大な影響はコロニーに遺伝的多様性をもたらしたことでした。
M93は島オオカミたちと血縁関係がないため、群れのメスたちは次々と健康な子供を産んでいきました。
彼はリーダーを務めた8年間で合計34頭の子供をなしています。
M93の到来から数年でコロニーの個体数は右肩上がりに回復し、常時30頭を数えるまでになりました。
彼は壊滅寸前だったコロニーを見事に救ったのです。
さらにM93の存在はコロニーだけでなく、島の森林生態系をも回復させることになります。