ワクチンの歴史
ワクチンの歴史と切っても切れない存在として「天然痘ウイルス」が存在します。
この天然痘ウイルスも、元は新型コロナウイルスと同じく動物のウイルスであったものが、変異して人間に感染するようになったものです。
天然痘にかかると酷い頭痛や高熱になるだけでなく、肌がただれて膿が溜まり、人間の皮膚に豆粒上のイボを多数作ります。
一方、感染を生き延びた人間は、二度と天然痘にはかからないことが、古くから知られていました。
この不思議な現象を利用して、本番になる前に、「なんとか一度感染したことにできないのだろうか?」と古代の中国の人々は考えました。
その結果、患者の皮膚から零れ落ちたカサブタを乾燥させて食べるというショッキングな行動を実行します。
しかし一見して安直過ぎるような「プチカニバル(カニバルは人食の意味)」は、有効な方法でした。
カサブタの中で乾燥した天然痘ウイルスは、一種の「死にかけ」の状態にあり、食べて飲み込むことで免疫を安全に訓練して一度感染したことと同じ効果を与えることができたのです。
ただし、運がよければの話です。
カサブタの中のウイルスがちょどいい「死にかけ」ではなく、感染する能力を残していた場合、
となり、死ぬこともありました。
状況が大きく変わったのは、1700年代の後半、産業革命が起こりつつあるイギリスに天然痘が再流行したときでした。
この時期になると、天然痘は人間だけの病気ではなく、ウサギ、サル、ウシ、そして天然痘ウイルスの発生源であるラクダでも発症することがわかりました。
またウシやラクダから種をまたいで天然痘をもらった場合、症状が軽く済むだけでなく、人間で流行っていた天然痘にもかからなくなることを発見しました。
「ウシやラクダの天然痘は、人間に対して効率的に感染することができなかった上に、人間の天然痘に対しても『一度感染したこと』になる効果を持たせるに違いない」
イギリスの医師、エドワード・ジェンナーはそう確信し、自分の家の使用人の息子である8歳の少年に対して人体実験を行いました。
ジェンナーは最初に少年の体にウシの天然痘を感染させ、少年が生き残ると、次に人間の天然痘を感染させます。
この時点では、少年が死ぬ可能性があることは明白でした。
しかし幸運なことに、実験は成功。
少年は人間の天然痘にかかっても無症状で生き残ります。
ジェンナーは結果の万全を期すために、その後、繰り返し少年に人間の天然痘をうつしますが、少年に変化はみられませんでした。
少年の体はウシの天然痘にかかったことで免疫にウイルスの情報が刻み込まれ、人間の天然痘に感染しても即座に排除することができたのです。
そしてこの種の壁をまたいで一度感染したことになる方法は種痘法と命名されました。
この功績を讃えるためイギリス議会はジェンナーに対して賞金を贈り、後の世で彼は「近代免疫学の父」と呼ばれるようになりました。
ちなみにワクチンの語源がラテン語で雌牛を意味する「vacca」であるのも、ウシの天然痘を利用した種痘法がワクチンの第一歩だったからです。